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社説・コラム

天風録 「ムハマド・アリ、闘いの人生」

 脳裏にカシアス・クレイの名がよみがえる。テレビのボクシング中継がお茶の間を席巻した時代だ。イスラム教に帰依して、その本名をムハマド・アリと改めたことも元世界王者の闘いだった。きのう悲報を聞く▲「チョウのように舞い、ハチのように刺す」と公言し、スピード感のある攻めを身上とした。「だから私の姿は見えない。見えない相手を打てるわけがない」と豪語した。勝ち続けても、ほら吹きと思われたゆえんだ▲だが、ベトナム戦争のさなか、王座剝奪を覚悟で徴兵を拒否して世界を驚かせた。「いかなる理由があろうと人殺しには加担できない」。私が畏れるのは神の法だけだから―。人種差別と闘い、情報機関に電話を盗聴されていた▲老後は静かに送っていたが、近年の祖国の世情にはいらだちも。あのトランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を唱えたことに、憤りの声明を発した。大統領選の行方を見定められなかったことを、きっと悔やんでいよう▲日本武道館でアントニオ猪木氏と「格闘技世界一」を競って、今月で40年になる。武器を用いない格闘技は平和とともにありたい。混迷する世界に、これからも見えないジャブを効かせてくれ。

(2016年6月5日朝刊掲載)

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