×

社説・コラム

『潮流』 もう一つのスピーチ

■岩国総局長・小笠喜徳

 先月27日の米オバマ大統領の「歴史的」な広島訪問。原爆慰霊碑に花を手向け、うつむいて目を閉じた。スピーチでは厳しい表情のまま、絶対的な戦争の否定と核のない世界をうたった。被爆者とも会話を交わし、抱擁もした。

 そのわずか2時間ほど前、広島への経由地として大統領が降り立った米海兵隊岩国基地でのスピーチは、広島でのそれとはまったく雰囲気を異にしたものだった。

 「まるで祭りです」。基地内に取材で入った記者からはそんな報告が入った。会場の格納庫には大音量で明るい音楽が流れ、ひな壇の背後のスタンドには、米兵と海上自衛隊員が鮮やかなストライプを描くように交互に並んだ。

 歓声に迎えられ、上着を脱ぎ軽やかなステップで階段を駆け上がった大統領は、隊員や家族へ呼び掛けて場を盛り上げた。米国兵士を温かく迎えているとして岩国市民への感謝を述べ、兵士たちを「皆さんは平和と安全保障を世界中で確保するために任務についている」とたたえた。

 拍手の中で、その声は力強さを増す。「この地域は、われわれの安全保障、繁栄に重要だ」「岩国基地は両国の信頼と協力、友情の力強い例である」などと、岩国を日米同盟の強固さの好例と位置付けた。米兵たちは大いに高揚したに違いない。

 直線距離でわずか40キロほどの岩国基地と平和公園。同じ日に、あまりにも対照的な場所で語られた二つの大統領スピーチ。「平和のため」という共通項はあったが、印象は大きく違った。

 祖父母らを原爆で失った身からすれば、率直に「よく広島に来てくれた」と思う。その半面、岩国に住む者としては、基地という抑止力がなければ平和はもたらされないのかという違和感も残った。心のどこかに小骨が刺さったような、そんな感覚が治まらない。

(2016年6月7日朝刊掲載)

年別アーカイブ