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社説・コラム

社説 クリントン氏指名へ 揺らぐ大国 論戦を注視

 米大統領選で、クリントン前国務長官が民主党の指名を確実にした。11月の本選の相手は過激な発言で物議を醸す共和党のトランプ氏で、舌戦は今後ますますヒートアップするだろう。

 女性が主要政党の指名を獲得するのは初めてであり、それ自体が歴史的な一歩といえよう。

 だが地元ニューヨークで勝利宣言したクリントン氏は、こうも述べた。「まだ壊さなければならないガラスの天井がある」。いばらの道が待っていることは分かっているはずだ。

 民主党の指名争いは当初の予想を覆す大接戦だった。ライバルのサンダース上院議員は格差是正を訴え、若者を中心に熱狂的な支持を得て、最後まで猛追した。米国で広がる格差への不満がいかに根強いか。それを物語っていよう。

 クリントン氏のファーストレディー、上院議員、国務長官という華やかな経歴も、プラスに働くどころか逆に「エスタブリッシュメント(支配層)の権化」と反感を持たれている面があるようだ。さらに長官時代に公務で私用メールを使った問題は連邦捜査局(FBI)の捜査に発展しており、懸念材料となっている。

 米国の世論調査では、クリントン氏に「好感を持てない」という有権者が6割に上る。一方でトランプ氏に対しても、そう答える有権者は6割前後。「嫌われ者対決」ともやゆされる大統領選は投票日までもつれ込む可能性が大きい。現に両者の支持率も拮抗(きっこう)している。

 選挙戦では何が争点になるのだろう。予備選では大国の揺らぎを映し出すかのように、中間層から低所得層にかけて不満が鬱積(うっせき)していることが明らかになった。その点にどう応えるかが問われてくる。

 トランプ氏の排外主義的な主張がこのまま支持されるのかどうかも注目したい。移民に職を奪われたと考える白人の低所得層を意識してか、不法移民の強制送還やメキシコとの国境への壁の建設を主張している。

 これに対してクリントン氏は「壁を築くよりも、障壁を取り除かねばならない」と皮肉り、男女の賃金格差や人種差別などを取り払うと訴えている。

 今のところはトランプ旋風にどうしても目が向くが、米国社会をどう再生させるか、地に足の着いた論戦こそ求められる。

 内向きの人気取りのあまり、対外姿勢が必要以上に強硬となる恐れもある。オバマ大統領が築いた国際協調路線が見直されれば中東や東アジアの不安定化につながりかねない。

 オバマ氏は被爆地広島を訪問したばかりだ。あらためて表明した「核兵器なき世界」を目指す姿勢が引き継がれるとは限らない。それも憂慮される。

 対日政策の行方も注視したい。トランプ氏は、日本などの同盟国に駐留する米軍については各国が経費全体を負担しなければ撤退させるとの考えを持つ。その場合は日米同盟の在り方の見直しも迫られる。

 クリントン氏は同盟国は応分の貢献をする必要があると認めつつ、同盟重視の姿勢を強調していく構えだ。一方で日銀の為替介入には厳しい姿勢を見せ、環太平洋連携協定(TPP)に反対している。

 日本政府はいずれの勝利も想定した備えをしておくべきだ。

(2016年6月9日朝刊掲載)

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