×

社説・コラム

社説 新元素ニホニウム 基礎科学にもっと光を

 人類が挑む科学のパズルに、日本が1ピースをはめ込む。アジアで初めて新元素を発見した理化学研究所が、原子番号113番を「ニホニウム」と名付ける案を発表した。

 記号は「Nh」。国際機関の手続きを経て、来年夏に正式決定する。新しい元素周期表を見るのが楽しみでならない。

 「日本が周期表の一席を占めることになったことには大きな意義がある」と理研の実験チームを率いた九州大の森田浩介教授は強調した。科学に関心が薄い人も耳を傾けただろう。

 日本の科学界にとっては、100年来の悲願だった。明治時代の1908年、後に東北帝国大総長を務める小川正孝博士が43番元素の発見を表明したが、誤りだった。世界に知られた原子物理学者の仁科芳雄博士も届かなかった。

 日本をはじめアジアが欧米諸国の後塵(こうじん)を拝してきたのは、118番までの周期表を見ても分かる。ポロニウムやキュリウム、プロメチウムなどは発見、合成した国や研究者、ギリシャ神話にちなむ。ようやく日本由来の名前が加わった。現場の労を多としたい。

 とはいえニホニウム自体は一般の人からは縁遠いものかもしれない。森田教授は「日常生活に役立つという意味なら役立たない」とあっさり言った。その「寿命」はわずか1000分の2秒であり、合成には途方もない手間がかかる。それでも研究の意義があるのは、次世代の希望につながるからだ。森田教授は科学に興味を持つ人が少しでも増えることを望んでいる。

 新元素の合成は「究極のものづくり」とされている。研究者の鋭い知見に加え、最新の実験機器など科学の総合力が欠かせない。その意味でもニホニウムは日本の理科教育にとって大きな励みとなるだろう。

 むろん多額の税金が投じられていることも忘れたくはない。例えば足かけ10年近い実験には加速器と呼ばれる装置の電気代だけで、数億円かかったという。新元素の名前に日本という国の名を使ったのも、国民への感謝の表れに違いない。

 同時に垣間見えたのは、基礎研究が置かれた立場である。

 新製品の開発に欠かせないものの、実際に形とする実用研究に比べて国からの資金援助は十分とは言い難い。昨年、ニュートリノ振動の発見でノーベル物理学賞を受賞した東京大の梶田隆章特別栄誉教授も「基礎研究が重要だと思い直してもらう機会になれば」と述べていた。

 科学分野においては効率ばかりを求め、過剰に成果を急がせるやり方だけではなじまないことを頭に入れておきたい。

 さらにいえば、森田教授がかねて口にしていた言葉も重い。「新しい元素の合成は原爆開発の歴史を背負っている。核の災害で生命を失い、不自由を被った人と関係がないわけはない」と。むろん福島第1原発事故も踏まえているのだろう。

 科学の世界では、その思いとずれた動きも出ている。防衛省からは研究予算と引き換えに大学などに共同研究への参加を促し、日本学術会議の一部に容認の空気もある。負の歴史を踏まえた科学者の良心を忘れてはならない。新しい周期表を前に、人類の幸福を追求する科学の役割を見つめ直したい。

(2016年6月10日朝刊掲載)

年別アーカイブ