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社説・コラム

天風録 「悲しみの『うりずん』」

 「うりずん」という早春を指す沖縄の古語が好きだ。うり(潤う)ずん(染み通る)である。冬枯れを耐えた大地も、雨の恵みで生き生きしてくる。やはり古語で「若夏(わかなつ)」と呼ぶ初夏に続く。沖縄学の泰斗、外間守善(ほかま・しゅぜん)氏の遺著から▲うりずんの候に消息を絶った20歳の女性は、予期せぬ暴力の末に痛ましい姿で見つかった。程なく巡り来る若夏を楽しむこともないまま。きのう、かの地では彼女を悼み、米海兵隊の撤退を求める県民大会が開かれた▲被害者は私だったかもしれない―。同じ世代の女性たちが声を上げ始めている。ウオーキングもできない日常なんて。もう「綱紀粛正」「再発防止」の4文字など誰も信じまい▲沖縄で映画を撮る三上智恵さんのブログの詩に黒い蝶(ちょう)が出てくる。<彼女の残した笑顔があまりに愛らしかったので/天の神さまは舞い上がる蝶の最後の記憶を消した>。蝶になった人の、あまりにいまわしい記憶を▲<神さまは蝶の最後の記憶を黒い粉にして/おろかな国の民すべての頭の上にまんべんなく降らせた>と詩は続く。悲しい「うりずん」は嫌いだ。黒い粉を浴びて悲しみをともにする。そこから日本の中の沖縄を問うてみる。

(2016年6月20日朝刊掲載)

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