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被爆地長崎の横顔追う 写真家東松照明 広島で回顧展 過去と現在 交錯するカット

 戦後日本を代表する写真家の一人、東松照明(1930~2012年)。没後初めてとなる大規模な回顧展「東松照明―長崎―」が広島市現代美術館(南区)で開かれている。被爆16年後に撮影で訪れて以来、半世紀にわたって向き合い、寄り添った長崎。そのまなざしを追体験できる。(森田裕美)

 1960年代から晩年までの計350点を紹介する本展に、テーマ別の章立てはない。時系列にもなっていない。遺品や被爆資料に刻まれた記憶をたどる代表作、共に年を重ねながら同世代の被爆者を追ったポートレート、路上の何げない風景を抽象画のように写した色鮮やかなスナップ…。東松の目が捉えた多様な長崎が、時代やジャンルを取っ払い、シャッフルしたように並ぶ。

 「生前もこんなふうにまぜこぜで『ちゃんぽん』のような展示をしていた」と、妻で東松照明オフィスINTERFACE代表の東松泰子さんは話す。本展に合わせ、東松との共著がある文化人類学者の今福龍太さんと同館で対談した。

 東松と長崎との出合いは、61年。当時の原水爆禁止日本協議会から依頼を受けた仕事だった。記憶の風化にあらがうモノクロ写真は、広島を撮った土門拳の作品と共に写真集になって世界へ発信された。が、東松は気持ちの整理がつかず、その後も長崎に通い続けた。98年には「より日常的に撮りたい」と移住。県内を歩き回り、祭事や町並み、人々を活写し続けた。

 本展の冒頭には、長崎に原爆が投下された11時2分で止まった腕時計を、象徴的に撮った代表作が待つ。光沢のある布地の上に置かれた腕時計は焼け、ベルトはない。時計の重みで布地にできた影は放射状に広がっていて、原爆が投下された時刻から続く苦しみや時の経過を思わせる。

 「東松さんにとって時計は止まっていなかった。過去と現在、二つの時間を接触させようと常に考えてきた人だった」。今福さんはそう評し、被爆者の遺影に遺品を重ねて撮った作品や、被爆した竹を現在の竹林の風景に合成した写真など、一つのカットに異なる時間を重ね、さまざまなイメージを呼び起こす出展作を紹介した。

 「標本瓶」は2000年の作品。米軍から返還された被爆者の臓器片が入った無数の瓶が、やや斜めから見下ろすような構図で撮られている。きのこ雲の上から原爆を捉える投下国の視点に抗議するようにも見える。

 愚直に長崎に向き合う一方で東松は、カラーやデジタルなど新しい写真技術や手法を意欲的に取り入れたという。泰子さんは「年を追うごとに自分も変わっていく、と言って。その時々の自分の感性で表現のスタイルを変える作家だった」と振り返った。

 被爆者運動の中心的存在だった故山口仙二さんをはじめ被爆者を撮り続けたシリーズは、それを裏付けるようだ。写真は被爆の爪痕を伝えるモノクロから、日常を捉えたカラーへ。焼き付けもインクジェットへと変わる。それだけではない。撮るうちに被爆者には家族が増え、表情も和らぐ。歳月とともに、被写体は子や孫へと移る。仕事の枠を超え、被爆者と伴走した東松の歩みをも伝えている。

 町歩きのスナップも興味深い。身の回りに存在する自然や人工物の色彩のコントラストをアップで切り取った作品からは、路上観察の楽しみもにじみ出す。

 それらが「ちゃんぽん」のごとく並ぶ本展。東松が見詰め続けた長崎の記憶が、普遍的なテーマとして眼前に迫ってくる。同館と中国新聞社の主催。7月18日まで。最終日を除き、月曜休館。

(2016年6月25日朝刊掲載)

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