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社説・コラム

天風録 「オオクノシマ」

 久々に竹原市沖の大久野島に渡り、様変わりした光景に驚いた。外国人の多さだ。目当ては島のウサギたち。桟橋から足を踏み出すと、次々寄ってくる愛らしいしぐさに心を奪われるようだ▲出会った米国人の青年も「ラビット・アイランド」のネット動画に引き寄せられたらしい。昨年に海外から島を訪れた人は何と前年の3倍。「爆買い」にこそ陰りが見えるが、いまだ堅調な日本の観光戦略を地方で下支えする貴重な場所といえよう▲ただ昔も今も変わらぬ代名詞「毒ガスの島」の色合いが薄らいではいないか。ウサギに餌もやってご満悦の人たちが、禁断の化学兵器製造という負の歴史を語る資料館を素通りするさまを見て、少し複雑な思いもする▲ゆゆしき外電に接した。過激派組織「イスラム国」(IS)がイラク北部の戦闘で毒ガスを頻繁に使い始めたという。かつて使用に手を染めたフセイン政権の残党なのか、開発部門も持つというから相当な脅威だろう▲禁止条約の発効から20年目。「化学兵器なき世界」は遠い。足元では毒ガス禍の生き証人の団体が幾つも解散の危機にある。海外の島のファンを通じ、オオクノシマの悲劇をもっと伝える手はないか。

(2016年6月26日朝刊掲載)

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