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社説・コラム

社説 地位協定の日米合意 抜本的改定こそ必要だ

 日米地位協定で米側に優先的な刑事裁判権が認められている米軍属の範囲を絞り込むことで、両政府が合意した。米軍属の男による女性暴行殺害事件が起きた沖縄県を念頭に、犯罪抑止の効果を狙うとみられる。

 参院選をにらみ、日米が「目に見える改善の具体化」(安倍晋三首相)をアピールしたつもりだろう。しかし、このような小手先の対応だけでは、県民は納得できまい。

 沖縄側が求めてきたのは地位協定の抜本的改定である。日本政府は米側に唯々諾々と従うことなく地位協定の「特権構造」に切り込むべきではないか。

 地位協定の中で米軍人・軍属による事件や事故のたびに改定の声が上がるのが、刑事裁判権を定めた17条である。軍人・軍属の公務中の犯罪は米国に、公務外なら日本に、それぞれ第1次的な裁判権があるとされる。

 だが、それは建前だろう。公務外でも容疑者の身柄が米側にあれば、原則として起訴されるまで日本側に引き渡されない。それでは捜査に支障をきたす。過去の暴行事件の折、県民の強い要求で米側が「起訴前の引き渡しに好意的考慮を払う」と約束したものの、あくまで相手方の裁量に委ねる点が問題だ。

 加えて刑事裁判権の規定自体が、日本の司法権の侵害に当たる疑いが強い。2011年に公務中の犯罪で米側が刑事訴追しない場合、日本側で裁判できるよう運用を見直したものの、この規定がある限り、犯罪撲滅の根本的な解決にはなるまい。

 しかも、日米合意の対象となる軍属は日本に駐留する米軍関係者のごく一部にすぎず、犯罪抑止の効果は疑わしい。見直しは米軍の責任逃れを助長する恐れもあると指摘されている。

 今回の事件後、米軍は一時、基地や自宅の外での飲酒を禁止するなど綱紀粛正策を取ったにもかかわらず、軍人による酒酔い運転事故が相次いでいる。女性殺害事件の被告も元海兵隊員であり、軍人はどうするのか、という県民の声は強まるだろう。

 地位協定に基づく「特権」は刑事裁判権だけではない。

 基地に絡む排他的管理権もそうだ。13年に沖縄市の基地跡地に猛毒ダイオキシンのドラム缶が投棄されていたことが明るみに出た。米軍には環境汚染に関する国内法令の適用を免除し、内規に任せていたからだ。

 日米両政府は昨年、環境補足協定を結んだが、日本側の立ち入りにはいまだ制約が残る。

 さらに同じ年、宜野座村の米軍演習場に米軍ヘリコプターが墜落した事故で警察や消防が直後の立ち入りを拒まれたのも、排他的管理権が口実だった。火災延焼や水源汚染を防ぎ、住民の安全や健康を守る手だてが封じられたのは由々しきことだ。

 沖縄だけの問題ではない。かねて西中国山地の訓練空域を中心に繰り返され、騒音とともに住民に事故への不安をもたらす岩国基地などの米軍機による飛行にも関わる。地位協定を盾に自由に飛び回り、航空法も適用されない。「空の治外法権」をこのまま放置できない。

 何か起きるたびに運用の「改善」で取り繕うだけでは限界である。ふたたびみたび重大な事件事故が発生するなら、「日米同盟」の根幹を揺るがす前例のない事態に陥りかねない。日米両政府にその覚悟はあるのか。

(2016年7月6日朝刊掲載)

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