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社説・コラム

社説 トルコ クーデター未遂 強権で安定は望めない

 新興国として世界をけん引する20カ国・地域(G20)に入っているトルコで、未遂に終わったとはいえクーデターが企てられた。衝撃が広がっている。

 軍の一部が首都アンカラや最大都市イスタンブールなどで爆破や銃撃を繰り返した。市民を含めて数百人が亡くなる流血の惨事を引き起こした責任は重大である。武力で国家を転覆させようとした行為を、到底許すことはできない。

 トルコ軍は、政教分離をうたう世俗主義の「守護者」を自任する。その軍の中でエルドアン大統領の強権への反発が膨らんでいたようだ。政権は憲法を改正して軍の権限を縮小し、言論を弾圧。イスラム色の濃い政策を打ち出して、世俗派との対立が深まっていた。

 民主主義や法の支配を守るためと、反乱軍は説明した。確かに1960年、80年にはイスラム主義に傾く国を批判する軍がクーデターを成功させ、国民には歓迎する雰囲気さえあった。

 しかし30年以上たち、民主化と経済成長が進む社会で、武力による解決は「時代錯誤」と映ったようだ。戦車を取り囲み、その前に立ちはだかって、行く手を阻んだ国民が大勢いた。

 メディアの変容もクーデターのブレーキになったといえそうだ。反乱軍は一時、国営テレビ局を占拠し「政権を掌握した」と声明を流した。一方、大統領は、スマートフォンの画面を介して民間のテレビ番組に登場。健在をアピールし反乱への抗議を呼び掛け、反乱軍の情報統制を阻んだ。

 これから心配なのは、エルドアン政権がさらに権力を強めることである。拘束したのは6千人とも伝えられる。反乱勢力とみられる軍人だけでなく、世俗派の判事ら司法関係者の拘束も命じた。さらに敵対する米国在住のイスラム教指導者ギュレン氏がクーデターの背後にいると訴え、米政府に拘束と強制送還を要求している。

 しかし、大統領はむしろ政治姿勢を見直すときではないのか。世俗派との融和を図らない限り、混乱の火種はくすぶり続けるのではないか。

 トルコの政情不安は、混迷する中東の安定にも影を落とす。トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国の中で、対テロ作戦の最前線の役割を担ってきたからだ。過激派組織「イスラム国」(IS)対策を進める有志国のメンバーでもあり、内戦中の隣国シリアの安定に向けても欠かせない存在といえる。

 中東の難民問題にも波及する恐れがある。ギリシャに渡る難民をトルコで抑制する枠組みが破綻すれば、再び欧州に難民が押し寄せる事態も想定される。

 トルコの悲願であるEUへの加盟も遠のくに違いない。加盟には「安定」が条件だからだ。

 テロや難民対策にとどまらず欧州と中東、アジアを結ぶ要衝として、トルコはさらなる経済成長の余地がある。これまでも日本の企業が輸出拠点として進出し、市場拡大への期待もかかる。世界遺産も多く、人気の観光地でもあった。その価値も治安が安定してこそだろう。

 強権による治安維持には限界がある。国際社会はエルドアン政権にあらゆる機会を通じて国内の融和に力を注ぎ、民主主義に基づく成熟した統治を行うよう働き掛けるべきだ。

(2016年7月18日朝刊掲載)

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