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グレーゾーン 低線量被曝の影響 第5部 科学者の模索 <3> 「効能」研究 時代が翻弄

 「現在、放射線ホルミシスの研究は行っておりません」。電力中央研究所(電中研、東京)のホームページに、こんな文章が掲載されている。放射線ホルミシスとは、微量の放射線を浴びると、免疫力の向上など有益な効果があるという仮説だ。

事故後「決別」

 国内の電力会社が共同出資する電中研は、ホルミシス研究の草分け的な存在だった。若手研究員が1984年、米科学者の論文を見つけたのを機に、研究に着手。がん抑制や長寿命化の効果を見いだす実験を進めてきた。

 電中研放射線安全研究センターの吉田和生センター長は「ホルミシスがあれば、必ず(この線量までは安全という)しきい値があるだろうとの期待があった」と背景を説明する。スポンサーの電力会社にとっては、原発のコストを下げることを可能にする歓迎すべき研究でもあった。

 実験を重ねた結果、確かに病弱なマウスを被曝(ひばく)させると一定の効果が見られた。ただ、生涯にわたるリスクやそもそも健康な場合を含め、一般の放射線防護の基準に組み込むのは困難だった。

 2000年代に入って研究が次第に下火になる中、東京電力福島第1原発事故が起き、脱原発派から非難された。さらに健康グッズの宣伝に利用されたこともあり、きっぱりと「決別」を宣言するに至った。

 電中研による研究の意義について、吉田氏は「低線量の影響は(高線量とは)違うのではないかと一石を投じた」と総括する。一方で「ホルミシス効果自体は否定しない」とも強調し、複雑な心情をにじませた。

「特別視」嘆く

 時代や思惑に翻弄(ほんろう)されたホルミシス。埋もれていた論文を見つけた当時の若手研究員は今、岡山大医学部で地道に研究を続けている。ラドンを使って低線量の影響を調べる山岡聖典教授(放射線健康科学)だ。

 山岡氏は「放射線ホルミシスという言葉が、誤解を招いた」と振り返る。有酸素運動や日光浴、温泉浴を挙げて「過度になれば体に悪いが、適度な刺激は生理機能を活性化するという法則がある。放射線も同じなのに、特別視されてきた」と主張する。

 岡山大は1939年、ラドンが豊富な三朝温泉(鳥取県)に療養所を開設。放射能泉研究所などに名称を変更しながら、効能などを追究してきた。山岡氏は、99年に電中研から移籍。日本原子力研究開発機構と共同で設置した「三朝ラドン効果研究施設」で、マウスに気体のラドンを吸入させる実験などに取り組んだ。

 ただ、福島の事故後は「とんでもない研究」と中傷されることもあった。現在、いわゆるホルミシスを研究し、論文を継続的に発表する研究者は、国内で10人もいないという。山岡氏は「事故から5年たち、冷静に考える人が増えた。研究を後につなぎ、健康影響について確立させたい」と話す。(藤村潤平)

(2016年7月28日朝刊掲載)

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