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社説・コラム

『この人』 「ヒロシマ・アピールズ」ポスターを制作したグラフィックデザイナー 上條喬久さん

祈り デザインの中心に

 米国の現職大統領の被爆地訪問が構想を覆した。ポスターの依頼を受けたのは3月下旬。原爆の恐ろしさを突き付けるために「誰もがぞっとする物」の制作を進めていたからだ。

 東京都出身。40年ほど前、広島を初めて訪れ、被爆者が「あの日」を描いた画集のブックデザインを担った。やけどで皮が垂れた市民の姿など千点を超える原爆の絵を目の当たりにした。「プロとしてやってきた自負が崩れた。本物の絵があった」。その時に受けた衝撃から、米国を許せない、原爆の悲惨さを伝えたい、と長年思ってきた。

 5月27日のオバマ氏の広島訪問もまた、衝撃だった。演説を読み解き、平和と「核兵器なき世界」への強い思いを実感したという。

 「オバマさんが来た特別な年に何をアピールすべきか。広島の人たちは何を求めているのか。平和への静かで、強い個々の祈りがデザインの中心にあっていいのでは」。新しい視点を提示したいという創作者の欲は、胸の奥にしまい込んだ。

 併せて、長崎市の平和祈念像をモチーフにした「ナガサキ・アピールズ」のポスターも独自に作ってみた。テーマは同じく祈り。「広島は人類最初の被爆地。長崎は人類最後の被爆地にしないといけない」

 日本画家だった亡き父親の影響で芸術の道に。これまで大手メーカーのシンボルマークなどを手掛けた。プロ野球は巨人ファン。「観戦に行けば負けたことはない。ことしは1試合も見に行っていない」と苦笑いする。東京都港区で妻と次女の3人で暮らす。(渡辺裕明)

(2016年7月31日朝刊掲載)

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