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連載・特集

国際シンポ 危機の東アジア―「核なき世界」に向けて

登壇者

【基調講演者】
平岩俊司氏 関西学院大教授

【パネリスト】
青山瑠妙氏 早稲田大教授
白鶴淳(ペク・ハクスン)氏 韓国・世宗研究所副所長
広瀬訓氏 長崎大核兵器廃絶研究センター副センター長 東海右佐衛門直柄氏 中国新聞社論説委員

【モデレーター】
湯浅剛氏 広島市立大広島平和研究所教授
ナラヤナン・ガネサン氏 広島市立大広島平和研究所教授

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被爆地の声 世界に 対話と交渉 道探る

 国際シンポジウム「危機の東アジア―『核なき世界』に向けて」が7月23日、広島市中区の広島国際会議場であった。今年5月にオバマ米大統領が歴史的な広島訪問を果たし、「核兵器なき世界」への機運が高まった。一方、北朝鮮が4度目の核実験を強行するなど「核兵器のない東アジア」は見えてこない。シンポでは、この現状を踏まえ、北朝鮮と隣国の中国の視点への理解を深めるとともに、北朝鮮の核問題の解決に欠かせない対話と交渉の糸口を巡り議論した。広島市立大と長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)、中国新聞社が主催し、235人が参加した。(文中敬称略)

基調講演 平岩俊司氏

正恩体制の現状 見極めを

 北朝鮮の核問題を考えるには、金正恩(キム・ジョンウン)体制とどう向き合うか、交渉できる相手かどうかを考えないといけない。北朝鮮が5月に開いた朝鮮労働党大会を軸に見ていく。

 党大会が開かれたのは36年ぶり。前の金正日(キム・ジョンイル)時代は、1990年ごろから、政治変動の最後の局面では軍を維持していれば体制を維持できる、として軍事を優先する「先軍政治」、危機管理体制を敷いてきた。

 今回、危機的状況が終わって平時に戻る、という意味を込め、金正恩氏は党大会で党委員長という新しい肩書を設け、人民服でなく背広姿で登場した。6月に開いた最高人民会議では、先軍政治の象徴的組織だった国防委員会を解体し国務委員会という名称にした。

 なぜ、平時に戻ったと判断したのか。それは今年1月に4度目の核実験、2月に事実上の弾道ミサイル発射をし、対米打撃力が整った、と判断したからだ。冷戦の終結後、北朝鮮は、当時のソ連と中国が核の傘で守ってくれるのか、との疑問から核兵器を持つべきだ、と進んできた。

 ここに来て、核技術を手に入れ、自らを「東方の核大国」と位置付けた。党大会では、核保有国として自分たちを受け入れてくれれば、責任ある核保有国として先制使用せず、非核化のために努力する、とした。

 もう一つ、北朝鮮にとって危機があった。それは経済状況。かつて食糧不足で餓死者が出たとの報道もあったが、悪い中でもここ数年は年1%程度の成長で右肩上がり、と韓国銀行が分析している。これは、国連の経済制裁が基本的に核関連のものだけで、中国が抜け穴になっているから。中国の東北3省と北朝鮮は、経済的に相互依存している。今回の党大会では、経済的危機を脱した、として国家経済発展5カ年戦略を採択した。

 つまり、今の北朝鮮は、追い詰められてわれわれに従わざるを得ない、という状況にはない。とはいえ、国際社会と北朝鮮の認識のずれは埋めがたい。日米韓をはじめとする国際社会は「北朝鮮の核放棄を前提として対話に応じる」との対応だが、北朝鮮は「国際社会は核保有国として受け入れるべきで、受け入れてくれたら責任ある対話をする」というスタンスだ。

 国際社会として受け入れられる話ではないが、彼らには彼らのロジックがある。現在の北朝鮮体制は、金正恩氏が思いつきで運営しているわけでもない。合理的な話ができない、というのは少し違う。交渉は可能だ。とはいえ、経済状態が苦しいから言うことを聞いてくれるだろうというのは楽観的だ。核問題は時間がかかるだろうが、迅速に対応しないといけない。

 北朝鮮は「社会主義国として成功を収めていく」という思いがある。しかし「平時の体制」を維持して国家運営できるのかという課題もある。金正恩氏は党大会を、自分たちの将来に向けた分水嶺(れい)と表現したが、核がどのように扱われるのか、国際社会にとっても分水嶺にあるのだろう。

ひらいわ・しゅんじ
 1960年、愛知県生まれ。87年、東京外国語大朝鮮語学科卒業。慶応大大学院法学研究科(政治学専攻)博士課程単位取得退学。2001年、博士号取得(法学)。専門は現代朝鮮半島論・東アジア国際政治。

拭えぬ不信 第三者仲介も/力ずくは禍根残す

パネル討論

北朝鮮

  ―北朝鮮への不信感は高まっています。対話と交渉による非核化実現は難しいのではないでしょうか。
 平岩 北朝鮮に対する中国の影響力は、冷静に受け止めて考える必要がある。過大にも過小にも評価してはいけない。中国の立場を理解し、影響力を応分に使ってもらうよう働きかける必要があるだろう。

 非核化に向け対話は重要だが、互いに拭いきれない不信感があることを前提に考えないといけない。北朝鮮は「イラク(のフセイン政権)が倒れたのは核兵器を持っていなかったから」「(核保有に踏み切らず体制が崩壊した)リビアと同じ轍(てつ)は踏まない」という。

 米国は説得しなければならない。しかし「戦略的忍耐」といって交渉についても、北朝鮮に具体的変化がなければ応じないという基本姿勢を取っている。信頼できない関係国を議論の場に乗せるのは大変難しい。

 日本は2014年のストックホルム合意から、北朝鮮に拉致問題の再調査を約束させて交渉、一定の進展を見た。これは、不信感を前提にした交渉なので、相手の行動を見極めながら半歩ずつ進んでいく。北朝鮮が核実験を強行したことで後退したが、信頼関係がない中での対話は慎重にしなければいけない。

 白 対話と交渉を政治のリーダーは無視しがちだ。圧力、制裁だけでなく、並行して進めないといけない。朝鮮半島では、戦争がまだ終わっていないという根源的な問題がある。休戦状態が続き、二つの国が見合っている。北朝鮮は核を持ち、さまざまな形で攻撃してくる。米国はミサイル迎撃システムを韓国に配備しようとし、さまざまな問題が醸し出されている。

 広瀬 互いに全く信用できない間では、ある程度信頼性のある第三者を間に立たせる方法がある。その第三者が仲介、あっせん、調停する形で外交交渉を進める方法が現実的ではないか。国でなくても、国際機関でもいいと思う。

 中国の影響力は注意して見ないといけない。北朝鮮と国境を接する東北部と、北京の中央政府との間ではかなり温度差がある。経済関係や制裁は、国境を接している所と、国としての姿勢との間に違いがある。大きな国なので中央政府が隅々まで監督しているわけではない。「中国は」と全部まとめていうのは危険。そういった部分も検討しないと姿勢を見誤る。

パネル討論

中国

  ―南シナ海を巡って中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国が対立している。日本への影響は。
 青山 どうして各国が海洋権益を巡って対立するようになったのか。国連海洋法条約の規定で、2009年5月までに各国が排他的経済水域(EEZ)など自国の主張を国連に提出することになった。それまでは(日中間の)尖閣問題などは棚上げされていた。

 もう一つの問題は法体系のあいまいさ。中国やインドは、EEZを通るときに、当該国に通告する必要があると主張している。一方で、米国や日本はその立場に立っていない。

 アジア諸国の間で知恵を出し合って解決する余地はあるかと思う。

 海洋問題に関連して軍事的な対立、安全保障面の対立もある。日本の国益からすると尖閣を自国の領土として、米国と協力して守っていくしかない。大陸国家だった中国は、海洋国家を目指し、今は海上輸送に頼っている。従来の海洋大国である日本やインドとの対立が相当高まることも予想される。中国の強硬な姿勢に対し、日本は各国と連携して抑止する必要がある。

 広瀬 南シナ海の問題に日本が関わる意味はあまりない。存在感を示して中国への発言権を確保しておきたいのだと思う。軍事的な関与は論外だ。

 マレーシアは、シンガポールやインドネシアと海上圏域で国境紛争を抱えていたが、最終的に全て平和的な手段、交渉で解決している。絶対そうすべきだ。軍事的な手段は悲劇だ。さまざまな背景はあるが、力ずくで押し切ったら、禍根を残すだけ。ましてや日本は南シナ海では紛争に巻き込まれていない。よそのケンカに大きな顔をしたいからと言って口を挟むことは長期的に見て、していいことではない。

核廃絶 全人類の責任

パネル討論

市民の役割

 ―原爆を落とした国と、被爆地広島の「道義的責任」を同じように並べていいのでしょうか。
 広瀬 同じだと思う。二度と核兵器を使わず、戦争を起こさず、平和を守る。自分が今いる立場で真剣にその問題に取り組む責任は、全ての人にある。人種も民族も年齢も関係ない。それが「道義的責任」だと思う。1人の人間として核と平和にどう向き合うか、それに対しては、みんなが同じ地平に立って考えないといけない。

 東海 私も同じ意見だ。核兵器廃絶は人類の大きな課題。被爆地の核廃絶運動は被爆者に頼りすぎ、人ごとになっていた面もあるのではないか。一人一人の発信力の強化が必要だ。

  ―核兵器廃絶に向け、高校生にできることが何かありますか。
 東海 ここ数年、広島では外国人観光客が増えた。街中で地図やスマホで道を調べている人に声を掛けて、広島をアピールしてみてはどうだろうか。もっと多くの人に世界から来てもらうきっかけになるかもしれない。日常の中に重要なことはあると思う。

 また、シンポジウムに中高生が来て、このような質問をしてくれている。これこそが広島の力だと思う。それぞれが自分たちの役割を考えることは、広島の求心力を底上げするだろう。

活動・研究報告

日米中の協力 不可欠 青山瑠妙氏

 中国を取り巻く今の東アジアの情勢は厳しい。周辺国との間で、経済的に相互依存関係が深化している。同時に、政治的相互不信、安全保障の対立がある。北朝鮮の核問題を巡っても緊張感が高まっている。

 中国の北朝鮮政策の柱は①朝鮮半島の非核化②半島の平和と安定③米中関係の安定化④中朝両国の経済関係の促進―の四つ。中国は、周辺国との経済関係を強化する「一帯一路構想(新シルクロード戦略)」を打ち出している。それに北朝鮮も取り込んでいきたい。最も望ましいシナリオは、北朝鮮が徐々に市場経済を導入して、核の開発も放棄してもらうことだ。

 核開発の動きを続ける北朝鮮に対し、韓国は、米国の「高高度防衛ミサイル(THAAD)」を配備することを決めた。中国の安全保障上の視点からすると、THAAD配備による北朝鮮の封じ込め体制が、将来は中国に向けられる可能性が高い。北朝鮮の核問題によって、日本と米国、韓国が安全保障面で連携を強化することは望ましくはない。

 東アジアの核なき世界は遠のいている。習近平体制が発足してまだ数年だが、北朝鮮政策は、核開発の抑止と経済関与との間で揺れていて、決めきれずに苦しい状況にある。ただし、非核化という原則を中国の対外政策で崩すことはありえない。それは、日米と共通する目標だ。実現するためには、3カ国の協力が必要不可欠だ。

制裁と圧力は逆効果 白鶴淳氏

 私たちは常に北朝鮮の挑発行為に怒り、制裁と圧力を強めている。「決して核を放棄することはないだろう。だから懲罰を加え続けるしかない」と。しかし実際は、核実験とミサイル開発がさらに進むという逆効果にしかなっていない。制裁は北朝鮮の政策転換につながっていない。

 米国、日本なども含め、それでも経済制裁を続けるのはなぜか。政治家にとっては、制裁で自国民が被害を受けることはなく、強硬姿勢は支持される。もし日米両国が「対話再開を」と言ったら、多くの国民は「懲罰の手を緩めるな」と反対するだろう。「交渉と対話自体が問題だ」とも。だが、対話と交渉の方が非核化という目標では利点があることを知るべきだ。

 6カ国協議再開に向けた米国の強力なリーダーシップが必要だ。まずは一貫性のある北朝鮮政策が欠かせない。ブッシュ政権がクリントン政権の政策を完全に転換した。最初の安倍晋三政権でも、小泉政権の方針を一変させた。核問題を巡る「混乱の政治」は、北朝鮮だけではなく、米国や他の国についても言える。

 北朝鮮の核問題が長引いている以上、解決も長期的観点から糸口を見つけるしかない。北朝鮮にとっての「非核化の対価」はすなわち、米国が敵視政策をやめ、朝鮮戦争の休戦協定から平和条約へ転換することだ。北朝鮮は米国を取り込もうとすることで、バランスを取ろうとする。中国という国が存在する限り、その戦略は続くだろう。

一人一人行動しよう 東海右佐衛門直柄

 米国の現職大統領では初めて、オバマ氏が被爆地広島を訪れた。訪問自体に意味があるという肯定的な見方もあれば、演説で核兵器廃絶への道筋が示されなかったことなどから「物足りない」との意見もあろう。

 私はやはり、歴史的意義は大きいと思う。原爆投下国が核の被害を直接認め、他の保有国の指導者が被爆地を訪れる可能性も高めたからだ。ただし、訪問自体を成果として「終わったこと」にしてはならない。

 この訪問がどこまで歴史的なものになるかは、米国など核保有国の今後の核政策による。オバマ政権は核の先制不使用などを含めた政策の見直しを検討しているという。一方で、日本政府が「核の傘」の弱体化を懸念し、米国側に協議を申し込んでいるとの報道も出ている。被爆地としては、とても容認できない。

 被爆地にできることは何か。これまでは主に、日本政府と米国に訴えてきた。今後は、核兵器禁止条約への動きを主導しているノルウェーやオーストリアなどとの連携を深め、新たな国際キャンペーンを展開することも一案ではないか。

 オバマ氏が2009年のプラハ演説で「核なき世界」を訴えた時、被爆地は熱狂した。いつの間にか「(オバマ氏が)核廃絶をやってくれる」と観客気分に陥ってはいなかったか。一人一人が演説にあった「道義的責任」を胸に刻み、廃絶へのステップを考え行動することが必要だ。

トップの気持ちが鍵 広瀬訓氏

 厳しい世界情勢だが、東アジア発で世界規模の信頼醸成、軍縮を進めることはできないか。北朝鮮問題を解決することが突破口になる。最大の難関だが、好転させれば波及効果は大きい。北朝鮮が核兵器、ミサイルの開発をやめれば、少なくとも、米ミサイル迎撃システムを韓国に配備する必要もなくなる。

 北朝鮮の核開発を応援する国はない。非核化すべきだという意見は各国一致している。ゴール、課題は同じなので協力は得やすい。しかし、北朝鮮が応じるか。非核化に向けた話し合いには応じないと主張しているので、可能性は低い。

 多くの発展途上国のように、北朝鮮は独裁体制。トップの気持ちが変われば、国の方針は変わる。金正恩(キム・ジョンウン)氏が核兵器を誇りを持って放棄し、それが自分の権力基盤を維持する上で、核兵器をちらつかせるよりも効果があると納得できれば、北朝鮮は核兵器を捨てるはずだ。

 制裁と圧力をかければかけるほど、北朝鮮は強固に核兵器を開発する。「ほしがりません勝つまでは」というスローガンを強めるのと同じだ。止めるためには交渉と対話が必要。地域的な安全保障や社会経済といった広いテーマで持ち掛け、継続的に取り組むべきだ。日本と韓国が鍵になる。国内では外務省ではなくても、自治体などがイニシアチブを取ってもよいだろう。

 この特集は、文・二井理江、金崎由美、有岡英俊、山本祐司、新谷枝里子、写真・今田豊が担当しました。

(2016年8月1日朝刊掲載)

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