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社説・コラム

天風録 「稲むらの火と幹事長」

 「津波は速い 飛行機や新幹線並み」「二度四度襲ってくる」。脅威を知るゆえの心得だろう。少し前、和歌山県広川町の「稲むらの火の館」を訪ねた。幕末の津波から村人を救った浜口梧陵(ごりょう)の遺訓を生かす防災教育施設だ▲稲束に火を付けて道明かりに。名高い逸話に加え、この地に残るのが高さ5メートルの堤防である。実業家の梧陵が私財を投じた。荒れた村に仕事を生むとともに「住民百世の安堵(あんど)」の言葉通り、昭和の津波で人々を守った▲長く大切に手入れされてきた堤を歩き、きたる津波へ気構えも湧いた。ただ少々苦笑いしたのは、目の前の住宅地に張られていたポスターである。ご当地選出の二階俊博氏が「国土強靱(きょうじん)化が日本を救う!」と力強く▲稲むらの火の話を十八番とする、その豪腕政治家が自民党の幹事長に就いた。今こそと意気込んでいるかもしれない。津々浦々で防災工事を優先して地域の雇用も―。その路線に賛否あろうが、投じる財の源は乏しい▲就任会見で本人は高まる改憲論を冷ますように「慎重の上にも慎重」と口にした。中韓と太いパイプを持つアジア外交重視派でもある。百年後のため政権の内外に築いてほしい堤防は、ほかにもある。

(2016年8月4日朝刊掲載)

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