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社説・コラム

天風録 「天皇と思いやり」

 本社編集局には全ての地上波を映すテレビが並ぶ。午後3時、大半が同じ映像に切り替わった光景が事の重さを物語っていよう。天皇陛下が国民に語り掛けた11分のビデオメッセージである▲「生前退位」の意向が報じられる中、いつにも増してかみしめるように継がれる言葉。憲法が定める「象徴天皇」の重みを強調し、率直に自らの老いに触れられた。国事行為の滞りへの強い懸念がひしひしと伝わった▲在位28年で大切にしてきたのは国民の安寧と幸せを祈ること。「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」とのお言葉に東北や熊本など被災地で膝を突く姿を思い浮かべ、うなずいた人も多いはず▲「忠恕(ちゅうじょ)」という言葉がある。即位の前、50歳の時の会見で好きな言葉に挙げられた。良心に忠実で、人の心を自分のことのように思いやる精神だと―。戦後間もなく出会った論語の一節を深く胸に刻んできたのだろう▲蝉時雨と重なる天皇陛下のお言葉。71年前、終戦を告げた昭和天皇の「玉音放送」を思い出した人もいよう。あれから確かに日本は生まれ変わった。深い深い語り掛けに、どう答えたらいいのだろう。

(2016年8月9日朝刊掲載)

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