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社説・コラム

社説 天皇陛下のお気持ち 重く受け止める議論を

 天皇陛下がきのう、象徴としての務めについて自らのお気持ちを異例のビデオメッセージで国民に伝えた。憲法との整合性から直接的な表現は用いなかったが、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」への強い思いを示されたといえる。

 皇室のありようをどうするのか、国民一人一人に考えてほしいとの切実な呼び掛けでもあろう。重く受け止めたい。

 陛下が語り掛けたのは象徴としての務めの重さとその在り方が今後も続いてほしいとの願いだった。今の憲法の下、初めて「象徴」として即位した。以来、望ましい姿を自ら求め続けてきたのは間違いない。

 「何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ること」「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」。時間をかけて出された答えが、お言葉の中での表現なのだろう。

 戦後日本において象徴天皇制が定着してきたことは疑いようがない。だからこそ、自らの老いや体力の衰えに言及した上で「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じている」と今後の活動が困難に直面することへの不安を率直に明かされたのだろう。切迫感さえ伝わってきた。

 驚いたのは「天皇の終焉(しゅうえん)」という言葉を使って万一の際のことに触れられたことだ。深刻な状態となった場合、社会が停滞して国民生活に様々な影響が及ぶことへの懸念を指摘、喪儀(そうぎ)の関連行事と新時代を迎える行事が同時に進む負担を「避けることは出来ないものだろうか」と思いを明かされた。

 おそらく昭和天皇の闘病生活とご逝去にあたって、日本社会に広がった「自粛ムード」なども念頭にあるのかもしれない。

 苦渋のお気持ちに、政府としてどう対応するのか。安倍晋三首相は「どのようなことができるのか、しっかり考えていかなければならない」とのコメントを読み上げた。具体的な対応に言及しなかったのは憲法上、天皇は国政に関与する権能がないからだろう。先月、天皇陛下のご意向が報じられて以来、憲法に抵触しかねないという意見もあった。今回のお言葉においても陛下が憲法の規定に十分に配慮していることがうかがえた。

 しかし、年齢と務めの重さを熟慮した結果のお気持ちを考えれば、政府自身が判断し、その責任において、できるだけ早く生前退位の是非について具体的な議論に移る必要がある。

 既に有識者会議の設置が有力視されている。皇室典範の改正に踏み切るか、一代限りで退位を認める特別立法か。さまざまに取り沙汰される。生前退位は見合わせ、摂政を置くことも皇室典範にごく限られたケースとして規定されるが、お言葉には摂政による公務代行には否定的とも取れる部分があった。その点をどう考えればいいか。

 天皇の地位が恣意(しい)的に左右され、混乱を招きかねないとして生前退位が否定されてきたこととの整合性も問われる。

 遠くない時期に法整備が国会で焦点となろう。憲法1条は天皇の地位について「国民の総意に基く」と定める。棚上げのままの女性天皇の是非なども併せ、与野党の議論だけに委ねるのではなく国民の幅広い意見を反映すべきである。

(2016年8月9日朝刊掲載)

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