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社説・コラム

社説 福島の避難指示解除 住民の納得欠かせない

 お盆で家路をたどる人波を、複雑な思いで見つめていることだろう。東京電力福島第1原発の事故で福島県民の多くが古里を追われた。約9万人は今なお、県内外での避難生活を余儀なくされている。

 政府は、避難指示の解除を加速している。これまでに第1原発から約20キロ圏内の5市町村で解除した。除染に一定のめどが付き、「安全が確保された」のが理由という。古里への帰還を目指す人々には朗報だろう。

 しかし、スケジュールありきになっていないだろうか。避難者の多くが帰還をためらっている現実を直視すべきである。

 放射線量が極めて高い帰還困難区域を除き、政府は来年3月までに避難指示を全て解除する方針という。期限を切ることで、帰郷や再起の目安とし、前を向いてもらいたいとの狙いがあるのだろう。

 「本格復興の新たなステージに入った」。安倍晋三首相も、先日の東日本大震災の復興推進会議で述べている。4年後の東京五輪に向け、一歩踏み出した印象を国内外にアピールしたいのかもしれない。

 とはいえ、肝心の住民の意向はどうだろうか。

 1カ月前に避難指示が解除された南相馬市小高区などには、もともと約1万800人が住んでいた。宿泊が今回できるようになったものの、届け出た人は全体の2割に満たない。先に解除となった楢葉町でも帰還者は1割にすぎない。川俣町山木屋地区では「生活基盤が不安」との声が上がり、今月末の解除予定は見送られた。

 原発事故から、既に5年5カ月が過ぎた。避難先での生活がそれなりに落ち着き、定住を決めた人も珍しくない。仕事や子どもの教育、親の介護といった事情から帰還をあきらめる人もいるに違いない。何よりのハードルは、放射線に対する懸念にほかなるまい。

 避難指示解除は、「安全」のお墨付きのはずである。住民、とりわけ子育て世代に受け入れられないのはなぜだろう。

 住宅地近くなのに、除染作業で出た廃棄物を詰めている黒い袋が山のように積まれたままの所も多い。

 国の基準に収まったという放射線量も、住宅周辺にすぎない。森林などの除染は手付かず同然の状態といえる。水源はもとより、農業用水などへの影響から農家に不安が根強いのは当然だろう。

 「復興の新たなステージ」を印象付けようとするあまり、住民に帰還の道筋を示さないままの見切り発車となっていないだろうか。にもかかわらず、帰還困難区域の一部解除に向けた動きまで表面化している。本末転倒と言わざるを得ない。

 2018年3月には、東電が1人当たり月10万円を払っている慰謝料の支払いも打ち切る。帰還を急がせる背景に、賠償問題が絡んでいると避難者たちが受け取り、批判しているのも不思議ではない。いまだ事故前の生活に戻るめどが立たない人は多く、その責任は東電側にあることを忘れてもらっては困る。

 帰還は、追い立てるような手法は取るべきではあるまい。避難者である住民が納得し、自ら歩み出せるものでなくてはならない。その支援者たることを国は心すべきである。

(2016年8月14日朝刊掲載)

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