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社説・コラム

社説 終戦の日 山積する課題 直視せよ

 お盆休みににぎわう、呉市の大和ミュージアム。ことし特に目を引くのが、繰り返し上映される鮮明な映像である。1945年4月、米軍機の攻撃によって鹿児島県沖に沈んだ戦艦大和の様子をこの5月、潜水探査機で撮影したばかりだ。

 艦首の菊の紋章、直径5メートルの巨大なプロペラ…。海底で朽ちかかり、海の生き物に包まれる姿はリアルそのものだ。艦と運命をともにした3千人余りの叫び声が聞こえてくるような気がした。あの戦争を、そしてわれわれの死を忘れるな、と。

 きょうは71回目の終戦の日である。もはや日本人は5人のうち4人が先の大戦を直接、経験していない。その中で記憶が歳月とともに風化し、未来を担う世代が悲惨さを実感しづらくなっているのが現実だろう。

 社会全体にしても戦後70年を境に、日本の戦争と敗戦の意味を問い直す空気がじわじわと薄らいできたことは否めない。昨年を思い返せば「安倍談話」における歴史認識の是非、さらには集団的自衛権の行使と「不戦の誓い」の整合性などが活発に論じられていたはずだ。

 この流れのまま、戦争の惨禍が完全に過去のものになることを強く危惧する。少なくとも日本という国が、さまざまな問題を積み残している事実をまず肝に銘じておく必要がある。

 未解決の問題の一つが広島・長崎の原爆以外の「一般戦災」の民間人被害の救済だろう。死者が約10万人に上った東京大空襲をはじめ、呉、福山、岩国を含む列島の主要都市はB29の焼夷(しょうい)弾爆撃などで焼き払われた。沖縄は地上戦に巻き込まれた。

 しかし戦後、国の救済措置がないまま今に至る。元軍人軍属に総額50兆円を超す恩給や年金が支払われたことを考えると、明らかにバランスを欠く。超党派の国会議員で救済立法の動きもあるが、まだ成立には遠い。せめて国と自治体で被害の実態調査から手を付けるべきだ。

 アジアの被害にも目を向けたい。日本政府が一貫して個人への戦後補償は認めない中で、日韓の外交問題だった従軍慰安婦問題については韓国側の支援財団に日本政府が10億円を拠出することで一定の前進を見た。喜ばしいことだが、置き去りになった問題もまた少なくない。

 日本で労働を強いられた元徴用工を巡る歴史認識や補償だけではない。植民地下の朝鮮半島から戦地に赴き、命令によって捕虜監視などに従事してBC級戦犯として裁かれた人たちの存在も見過ごせない。講和条約で日本国籍を喪失したことを理由に援護から外されてきた。その一人が救済などを求める国会請願を今も続ける意味は重い。

 国内外に残る戦後処理の懸案を直視し、真摯(しんし)に向き合う。生存者がいるうちに検証し、一つずつ解決を図っていく。こうした姿勢に欠けたまま「戦後は終わった」と軽々しく口にすることが許されるのだろうか。

 この一年、漫画家の水木しげるさんをはじめ、戦争の悲惨さを訴えてきた著名人の死去が相次いだ。だからこそ私たちも身の周りの体験を語り継ぎ、未来への教訓とするために今からでも手を尽くしたい。国の腰が重いなら自治体や地域で、そして家庭で。証言や資料が埋もれていないか探し、あの戦争とは何だったのかを語り合いたい。

(2016年8月15日朝刊掲載)

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