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社説・コラム

天風録 「白木の箱」

 正座して、白木の箱をそっと開ける。中には、名前の書かれた紙切れが1枚だけ。戦没者遺族の悲しみを身内から聞いたことがある。無謀な戦争に駆り出され、遺骨さえ返してもらえないとは▲南方ニューギニア戦線に向かう途中、乗っていた船が撃沈されたという。冷たく暗い海の底で、今も眠っているのだろう。大戦末期には、こうした「軽き箱」が無数に届けられた。わが身の周りだけで他にも耳にした▲遺髪や爪ならまだしも戦地の砂や石、仮の位牌(いはい)の入った箱を受け取った人もいたという。71年たっても心の奥底で「戦後」を迎えられないでいる。古里で安らかに眠らせてあげたい―。誰しもが抱く率直な願いだろう▲今春、国の責務として遺骨を収集する法律がようやく施行された。戦地に取り残されたままの骨は113万人分にも上る。相手の国の協力を取り付けて発掘し、DNA鑑定にかける。遺族の老いも考えれば一刻も早く▲きょうは終戦の日である。戦前から戦後の世相を映す短歌を集めた「昭和万葉集」から一首を引く。箱一つ還りきたりて亡き人を思へとならしその軽き箱(山本道子)。このような悲しい歌が、もう二度と詠まれないように。

(2016年8月15日朝刊掲載)

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