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社説・コラム

社説 核先制不使用と日本 「後押し」責務のはずだ

 米紙ワシントン・ポストの報道が本当ならゆゆしき問題だ。オバマ米大統領が核政策見直しの一環で検討していた核兵器の「先制不使用」政策を巡り、安倍晋三首相が来日した米太平洋軍司令官に反対する意向を直接伝えていた、という。「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」というのが理由らしい。

 敵から核兵器による攻撃を受けない限りは核は使わない―。核超大国の思い切った政策変更は廃絶への重要な一歩になるのは間違いない。核保有国で曲がりなりにも宣言しているのは、今は中国だけである。仮に全てが同じことを表明すれば、理屈の上では核が使われる可能性はゼロに等しくなる。

 なのに核兵器の惨禍を知る被爆国の指導者がこうした言動をしていいのだろうか。広島、長崎の両市長が米国の先制不使用を後押しするよう首相らに求める要請書を出しているだけに、あまりの落差が際立つ。核廃絶を待ち望む被爆者の思いに反しているのは言うまでもない。

 むろん米政権内で意見が割れている問題でもあろう。先制不使用の検討自体、現職大統領として初めて被爆地の土を踏んだオバマ氏の意気込みの反映といえるが、現実にはそう簡単に前に進まないようだ。

 別の米メディアは大統領任期中の表明は見送りという観測まで早々に示している。主要閣僚の反対に加え、日本を含む同盟国の懸念が理由という。ならば完全に足を引っ張ったことになる。この6日と9日、首相が両被爆地でオバマ氏の広島訪問の意義を強調して「核兵器のない世界」に向けた努力を積み重ねる、と約束したはずなのに。

 核兵器廃絶を掲げる一方、日米同盟の下で「核の傘」に入ることを望み、核抑止力への依存を公言する。日本政府の矛盾した姿勢である。大詰めを迎えた国連の核軍縮作業部会でも、核兵器禁止の法的枠組みを巡る議論で一貫して消極的だ。

 被爆国がこうした態度では、廃絶への道はおぼつかないことを今こそ肝に銘じるべきだ。

 日本政府が核抑止力に固執する大義名分とする北朝鮮の脅威も冷静に見極める必要がある。国連決議に違反する核実験や無謀なミサイル実験を繰り返し、日本列島はおろか米本土まで射程に入れつつあるのは確かだ。中国の軍備増強や海洋進出も併せて考えれば、アジアの安全保障環境はさらに厳しさを増す。

 米国の先制不使用宣言が、こうした国を増長させるとの指摘がある。そうだろうか。核には核、力には力の発想が本当の安定をもたらすとは思えない。

 折しも核廃絶の方策を探る賢人会議で共同議長を務めた川口順子元外相、エバンズ元オーストラリア外相らが米国に先制不使用政策を強く促し、同盟国に支持を求める声明を公表した。「得られる成果は不利益をはるかに上回る」と強調し、核の使用を押しとどめる規範の確立につながるとした指摘は重い。

 米国は核実験の全面禁止を求める決議案を国連安全保障理事会に提案するとも伝えられる。こちらの方は、日本政府として後押しする構えのようだ。ならば先制不使用についてもオバマ氏の思いを積極的に支持し、他の保有国にその輪を広げていくのが被爆国の責務ではないか。今からでも遅くはない。

(2016年8月17日朝刊掲載)

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