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「黒い雨」拡大 否定的見解 厚労省検討会

 広島原爆の投下直後に降った「黒い雨」被害の援護対象となる国の指定地域見直しで、厚生労働省の検討会は29日、広島市などが要望した約6倍への地域拡大に否定的な報告書案を大筋で了承した。要望地域において「原爆放射線による健康影響の根拠は見いだせない」と結論。黒い雨体験者の健康不安は認め、対策として行政などの相談事業を示した。

 検討会は報告書案の文言修正などをした上で7月上旬に次回会議を開いて正式に決定。それを受けて同省は指定地域拡大の是非を含む施策を判断する。

 省内での第8回会議で示された報告書案は、市などの「原爆体験者等健康意識調査報告」のデータを再解析したワーキンググループ(WG)の結果を踏襲した。健康影響をめぐっては、黒い雨の体験があると答えた人は、ないと答えた人に比べ精神面での指標が悪い傾向を認め、それは、放射線の影響に対する不安や心配で説明できると指摘。体の病気は「調査設計上、評価が困難」とした。

 降雨域については、黒い雨の体験率が高い地域は未指定地域の一部に限られる▽爆心地から20キロ以遠ではデータが少ない▽60年以上前の記憶によっており、正確性を十分明らかにできなかった―などを理由に確定しなかった。

 その上で、黒い雨を体験したと訴える人の不安を減らすために「相談などの取り組みが有用」と言及。また、今回の市の調査を含む過去の検討で原爆による放射性降下物による明らかな健康影響は確認されていないとして、さらなる調査を行う意義は低いとの意見も付けた。

 検討会の佐々木康人座長(日本アイソトープ協会専務理事)は会議後、記者団に対し「市の調査結果をただちに要望と結び付けるのは難しかった」と語った。(岡田浩平)

「黒い雨」援護指定地域 拡大否定的 住民「なぜ」 政治判断に期待も

 「われわれの思いがなぜ届かないのか」。広島原爆の投下直後に降った「黒い雨」をめぐり厚生労働省の有識者検討会が29日示した報告書案は、国が援護する指定地域の見直しに否定的な内容となった。地域拡大を求めてきた住民は不満を募らせた一方、政治判断による「救済」に期待する声も上がった。(田中美千子)

 東京・霞が関の厚労省会議室。「放射線による健康への影響があったとの根拠は見いだせない」「降雨域は確定できない」…。傍聴していた住民11人は終始、無念の表情を浮かべた。

 住んでいたのは指定地域の周辺。いずれも黒い雨を記憶する。「同じように雨が降った村が分断され、援護に差がある。その線引きに、本当に科学的な根拠があるというのか」。佐伯区黒い雨の会の滝岡隆正会長(74)=広島市佐伯区=は語気を強めた。

 国は検討会の最終報告を受け、今夏にも拡大の是非を判断する見通しだ。広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会の高野正明会長(74)=同=は「疑わしきは救済する、との被爆者援護の原点に返るべきだ」と強調した。

 「上安・相田地区黒い雨の会」の曽里サダ子さん(73)=安佐南区=は「病気や心労を抱え、住民はもう待てない。公平な判断を」と訴えた。

 「できる限りの調査、分析を重ねてきたが、議論を聞く限り大変厳しい状況だ」。傍聴していた市原爆被害対策部調査課の大杉薫課長も険しい表情を見せた。「県などと連携し、今後の対応を検討する」と話した。

【解説】 科学に限界 救済姿勢を

 広島原爆の「黒い雨」指定地域の見直しで、厚生労働省の有識者検討会は、広島市などの調査報告が地域拡大の根拠になりえないと科学的な立場から判断した。67年前の原爆被害の実態を今の「科学」だけでとらえるには限界がある。被害者たちの思いをすくい取るため、国には、大局に立った判断を期待したい。

 検討会の見解はこうだ。市の調査は「黒い雨を体験したという人が健康不安を訴えている」というのを明らかにしたが、放射線を浴びて病気になるなどの健康影響を確認していない。要望地域で放射性降下物も確認できていない。だから拡大する根拠がない―。

 ワーキンググループ(WG)の検討では市調査が、地域間の健康影響の比較や、発病状況を明らかにできていない点も突いている。ただ、こうした検討は、もともと市の調査データを再解析している以上、限界のある科学的判断ともいえる。

 半面、WGは未指定地域でも体験率が高い地域が9カ所あった点を指摘している。また、広島大などの研究者グループが黒い雨に由来するとみられる放射性物質を未指定地域6カ所で確認した最新の知見は反映されていない。

 国はこれから「線引き」の最終判断をする上で、これらを前向きに評価するべきだ。救済の姿勢を示すことが何より住民の不安を和らげるのは言うまでもない。(岡田浩平)

「黒い雨」指定地域の見直し要望
 広島市などが2008年に被爆者や黒い雨体験者たち約2万7千人(回答)を対象にアンケートを実施。回答を科学的に分析し、未指定地域の黒い雨体験者は心身健康面が被爆者に匹敵するほど不良▽降雨域は市のほぼ全域と周辺市町にまたがる―として、10年7月に広島県や関係市町とともに指定地域を約6倍に広げるよう国に求めた。厚生労働省は市の調査報告を科学的に検証するため同年12月に検討会を設けた。

(2012年5月30日朝刊掲載)

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