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社説・コラム

社説 核兵器禁止条約 交渉開始の機は熟した

 広島、長崎の被爆者が待ち望む悲願に向けた重要な一歩となるのは間違いない。ジュネーブで開かれていた国連の軍縮に関する作業部会が、画期的といえる方向性を示した。

 核兵器を禁止する法的措置に関し、「幅広い支持」の下で2017年の交渉入りを国連総会に勧告する報告書を取りまとめた。異例の採決の末に賛成多数という形になったが、具体的な「年」が入ったのは大きい。

 1997年に中米の平和国家コスタリカがモデル案を提出して以来、なかなか理念の域を出なかった核兵器禁止条約が、国連の場で曲がりなりにも実現へ動き始めるなら喜ばしい。

 核保有国と核抑止力に固執する国々は一貫して後ろ向きだ。これに対し、作業部会の設置を主導したメキシコやオーストリアをはじめ、中南米、アフリカや東南アジアなどの100カ国以上が交渉入りに賛同しているという。条約推進の勢いが強まっていることを物語る。

 被爆地が訴え続けてきた核兵器の根源的な非人道性が、世界共通の常識として定着してきたことの反映でもあろう。

 今秋の国連総会において、こうした廃絶派の国々は作業部会の勧告に基づき、おそらく条約制定の交渉開始を求める決議案を出すことになろう。総会は原則として多数決であり、採択自体は十分に可能といえる。

 ただ手放しで喜ぶのは早い。そもそも作業部会の議論には核保有国が参加していない。「当事者」抜きのまま条約化の流れが強まれば、保有国と非保有国の亀裂がさらに深刻になることは想像に難くない。作業部会の土壇場に米国の同盟国オーストラリアなどの要求で急きょ採決になったのも異論ありと念押しする狙いだったのだろう。安全保障に考慮しながら核軍縮を進めるべきだとの意見も、結果として報告書には併記された。

 確かに持てる国の存在を度外視し、その参加のない禁止条約なら実効性を欠く。しかし保有国の意向を優先する核軍縮の議論が、完全に行き詰まっているのも明らかだ。昨年、核拡散防止条約(NPT)再検討会議が何の成果もなく決裂した失望から、この作業部会が置かれた経緯を忘れるべきではない。

 過去には地雷の禁止条約のように有志国や非政府組織(NGO)の主導でまず制定し、少しずつ批准の輪を広げたケースがある。通常兵器取引を規制する武器貿易条約が反対国の意向を押し切って国連総会の多数決で制定された経緯も思い出す。

 核兵器禁止条約も、交渉開始への機は熟したのではないか。非保有国を中心に、禁止条約の中身を具体化していく動きを妨げてはならない。米国をはじめ保有国は協力すべきであり、その「橋渡し役」こそ被爆国日本が果たす役割のはずだ。

 なのに核抑止力への依存を公言し、今すぐの禁止条約に消極的な日本は今回の採決で棄権した。オバマ米大統領が検討する核先制不使用政策への反対姿勢に続いて、残念極まりない。

 徐々に核兵器を減らす「漸進的アプローチ」という日本政府のスタンスが、世界の潮流から取り残されている現実を直視すべきだ。日本主導で国連総会に毎年提出し、22年連続で採択された核兵器廃絶決議の意味も、このままなら色あせよう。

(2016年8月21日朝刊掲載)

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