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社説・コラム

天風録 「『たいまつ』はつぶせぬ」

 小新聞「たいまつ」を始めて16年過ぎた。なぜか地元の有力者が祝賀会を開いてくれるという。宴たけなわで真意をただすと、「たいまつはおらだちの敵だ。だからつぶすわけにはいかぬ」という。きのう訃報を聞いた、むのたけじさんの著書「99歳一日一言」から▲戦争に加担したことを悔いて敗戦と同時に大新聞を辞め、郷里秋田で権力批判の論陣を張る。保守の人たちとは水と油だ。祝賀会には思惑もあっただろうが、ともかく彼らには「敵に学ぶ」度量があったと受け止めた▲そんな昔語りを通じて、晩年は憎しみが憎しみを呼ぶ世界の悲劇を憂えた。いや、人ごとではない。ヘイトスピーチに表れる、この国の危うい風潮も▲学生時代、作文に「半信半疑」という語を訳して用い、スペイン人講師に叱られる。「半分信じる」なんて、あり得ない―。以来、その言葉にも似て日本は「あやふやな国」に見られている、という思いが強くあった▲だから憲法9条に魂を入れよ、と説いた。現実は立派な条文と裏腹じゃないか、と。「一日一言」に「強風でも散らぬ葉がある。無風でも散る葉がある」と記す。ことの行く末を風のせいにするな―という遺言と聞く。

(2016年8月22日朝刊掲載)

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