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社説・コラム

社説 日露首脳会談 「経済先行」成算あるか

 安倍晋三首相はロシア・ウラジオストクでプーチン大統領との首脳会談に臨んだ。経済協力の具体化の表明とともに合意したのは今後の会談日程である。11月にアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれるペルーで、さらに12月15日に長門市で会い、懸案の平和条約の協議を続けるという。

 プーチン氏をもてなす場を地元の山口県に決めたのは、平和条約と切り離せない北方領土の返還交渉が停滞してきた中、互いの距離をさらに縮めたいからだろう。首相は「ゆっくりと静かな環境で平和条約を加速させたい」と会談後に述べた。確かに隣国のトップ同士が信頼を深める意義は大きい。

 むろん領土交渉の進展に直結するかどうかは見通せない。首相は「平和条約について2人だけでかなり突っ込んだ議論ができた」とも語ったが、具体的な内容は示さなかった。

 ただ5月のソチでの首脳会談で申し合わせた「新しいアプローチ」の形が見えてきたのは間違いない。とりわけ経済協力である。きのうは極東開発などに向けた8項目の提案の詳細を提示したという。ロシアの姿勢を軟化させるため、「アメ」を先行して提供することになる。

 今月18日に下院選を控えるプーチン政権には追い風となる提案である。ロシア側が歓迎するのも当たり前だろう。

 首相には世耕弘成・ロシア経済分野協力担当相が同行した。特定の国に協力する担当相を置くのは異例で、側近の世耕氏を会談の前日に抜てきした。安倍首相が領土交渉にかける、並々ならぬ意欲が見て取れる。

 戦後70年を過ぎても北方領土問題が進まず、ロシアと平和条約を結べないでいることにじくじたる思いがあるのだろう。

 問題解決に向け、ロシア側に積極的に働き掛ける姿勢は大切だ。しかし成算のないまま前のめりになりすぎては、相手に足元をみられてしまう。結果的に何も引き出せず、経済協力だけを「食い逃げ」されるのではないかと心配する声は、既に政府・与党内にもくすぶる。

 領土問題の交渉手法も課題となる。日ロ両政府間では、北方四島のうち歯舞群島と色丹島を先に返してもらう「2島先行返還」が浮上しているとも伝えられる。2001年に当時の森喜朗首相がプーチン氏に提案したとされ、それを踏襲しようとしている、との見方もできる。

 一方、ロシア側は2島引き渡しで決着させるシナリオを描いているとみていい。現に択捉、国後両島では軍事施設の整備が進み、実効支配が強まる。このまま日本への帰属を認められなければ領土放棄につながるリスクもあることを忘れたくない。

 もう一つの懸念は、ロシアがウクライナのクリミア半島を強制編入し、欧米からの経済制裁が続くことだ。日ロの接近には米国が警戒している。日本が自国の思惑だけで動けば国際的な包囲網を乱し、ロシアを利することにもなりかねない。関係国に日本の姿勢をしっかり説明するべきである。

 首相がプーチン氏と膝を突き合わせていくなら、時には苦言も呈する健全な関係を築くべきだ。平和条約交渉のヤマ場となり得る長門市での首脳会談までに、冷静かつ周到な外交戦略を練ってもらいたい。

(2016年9月3日朝刊掲載)

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