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連載・特集

緑地帯 ベルリン-ヒロシマ通信 柿木伸之 <8>

 先日、ハンブルク駅現代美術館で、「資本」をテーマに掲げた展覧会を見た。資本の概念を創造の潜在力から捉え返すヨーゼフ・ボイスの「資本・空間 1970―1977」をはじめ、古今東西の芸術作品が、資本とは何かという問いを巡って対話を繰り広げる場を現出させるものだった。

 展示空間を歩き回りながら、そこにベルリンの縮図があるように思えてきた。過去と現在が交差する中に、さまざまな歴史を背負った人々が行き交い、欲望が渦巻く―そのせいか、中心街の空気は少し埃(ほこり)っぽい―街、ベルリン。

 この街はもちろん深刻な問題も抱えている。排外主義的で差別を助長するデモが行われることもある。しかし、ベルリンの人々は、これらの問題に公の場で立ち向かっている。対抗デモを張り、難民の社会参加の場を創る。そこに躍動するアートは、共存の文化をこの街に根づかせていくだろう。

 ベルリンの街路に顔をのぞかせる過去に躓(つまず)きながら、ここに生まれ育ったベンヤミンの思想、その歴史への問いを今に受け継ぎたい。難民も含めたこの街に暮らす人々が抱える、歴史からこぼれ落ちた数々の記憶。それらが過去を照らし合う、もうひとつの歴史を構想すること。それは、広島の街を、さまざまな苦難の記憶に開いていくことにも通じていよう。

 ベルリンと広島を結び、今も生そのものを脅かしている核の歴史を、人々が交差し、複数の記憶が呼応する歴史へ反転させる回路を探ることが、目下の思考の課題である。(広島市立大准教授=広島市)=おわり

(2016年9月8日朝刊掲載)

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