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社説・コラム

社説 福島第1原発 「凍土壁」続けていいか

 福島第1原発事故から11日で5年半を迎える。現状は収束とは程遠く、むしろ不透明感が増しているのではないか。

 何より汚染水問題の切り札とされていた、地中に氷の壁を造る「凍土壁」の効果が疑問視されていることだ。東京電力は地下水から原子炉建屋を遮るために運用を始めたが、今のところ効果は表れていない。

 くみ上げた汚染水の行き先も決まらず、原発敷地内に大量の貯水タンクが増え続けている。汚染水を食い止めることは廃炉作業の大前提のはずだ。

 思えばメルトダウンを起こした福島第1原発はずっと地下水問題に悩まされてきた。建屋周辺に1日千トンもの地下水が流れ込み、うち400トンが溶けた核燃料に触れるなどして高濃度の放射性汚染水となるからだ。

 まず凍土壁から早急に再検証すべきだ。建設費として国は345億円を投じたが、凍結作業を始めて5カ月が過ぎても地盤は完全に凍らない。今月の台風で凍土壁の一部が溶けたような状況になったことも判明している。原子力規制委員会の検討会で「計画は破綻している」などの声が上がったことを政府と東電はどう受け止めるのか。

 凍土壁は最初から効果が見通せなかった。トンネル工事では使われたことがあったが、今回のように総延長1・5キロという規模は異例であり、長期運用の例もない。東電は以前、海側のトレンチ(地下道)にたまった汚染水をせき止めるために同様の「氷の壁」で封じようとしたが、うまく凍らず断念した経緯がある。なぜ失敗を繰り返した上に継続するのだろう。

 国費投入の大義名分があるにせよ、安全確実な技術が求められる原発事故の対応に、未知数の新技術を実験的に用いる発想に問題はなかったのか。

 危機感を広く共有し、対策を練り直したい。国と東電は凍土壁の代替策を検討すべきではないか。特殊な薬剤などを投入して完全凍結を目指すというが、例えば敷地の地中全体をコンクリートで囲うなど別の手法を議論する余地があろう。

 乗り越えるべき難題はその先にもある。特殊装置を用いても汚染水の中の放射性物質トリチウムは除去できず、タンクで貯蔵するほかない。規制委の田中俊一委員長は「希釈して海洋放出すべきだ」と主張するが、風評被害になお苦しむ沿岸の漁業への配慮を欠いていよう。

 さらに深刻な問題は原子炉内で溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)だろう。廃炉には、その溶けた場所や量、形状などを特定することが必要だ。しかし原子炉内部の正確な状況すら分かっていない。これまで以上に産官学の連携が求められよう。

 忘れてはならないのが事故処理のコストである。東電の試算では当初、約2兆円だったが、いつの間にか4倍以上に膨れ上がる。今後は除染や廃炉の費用も積み上がり、総額20兆円になるとの指摘もある。東電だけでは賄えないと国民に安易に付け回しする動きもある。

 政府は東京五輪の開かれる2020年に汚染水処理問題を完了させるとしている。「復興五輪」をアピールする意味もあるのだろう。だが、このままでは胸を張れるかどうか疑わしい。日本が厳しい懸案を抱え込んでいることを肝に銘じたい。

(2016年9月9日朝刊掲載)

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