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細部に宿る時代の空気 「この世界の片隅に」展 呉市立美術館 漫画原画など800点

 広島、呉を舞台に戦中戦後を生き抜いた市井の人々の営みを描くアニメ映画「この世界の片隅に」(片渕須直監督、11月12日全国公開)。広島市西区出身のこうの史代さん(47)が手掛けた原作漫画や映画を紹介する特別展が、呉市幸町の呉市立美術館で開かれている。素朴で親しみやすい原画の細部には、多彩な表現技法や時代背景の入念な調査など、原作者のこだわりが宿っている。(石井雄一)

 物語は、現広島市中区の江波から、呉鎮守府で事務官として働く青年の元へ嫁いだ女性すずが主人公。一家の主婦となり、戦況が悪化する中でもけなげに日常を営む姿を描く。特別展には、読み切り3編と漫画誌で計45回連載された原作漫画の全原画など、約800点が並ぶ。

 同館を訪れ、ギャラリートークや片渕監督との対談に臨んだこうのさん。「戦争が主役だけど、1人の女性の成長記でもある」という物語を、趣向に富んだ技法で見せている。例えば、すずの幼少期を描いた読み切り「波のうさぎ」と連載第1回。冒頭3ページを同じ構図やこま割りにし、子どものすずと大人のすずを印象深く対比させた。

 「反響が大きかった」のが、すずがスギナやスミレなどの雑草を使い、食卓をやりくりする連載第8回。戦前の婦人雑誌や配給の記録からレシピを考えたという。「時代背景も楽しんでもらえたら」。ベースは徹底した資料調べだ。展示では自作した年表も置かれ、その一端がうかがえる。

 呉が初めて空襲を受ける連載第26回。スズメが空を飛ぶ場面で始まり、敵機が山から突然姿を現す。「のどかな日常にいきなり戦争がやってきた感じ」を出した。その後の空襲で大切なものを失うすず。連載第35回以降は、背景をあえて左手で描き、すずの心象風景に重ねている。

 物語の展開に合わせ、画材も多様だ。つけペンをはじめ、筆、鳥の羽根、鉛筆、口紅…。さまざまな試行の痕跡を感じ取れるのも、原画展示ならではの魅力だろう。

 このほか、映画の製作過程を紹介するコーナーも。原爆ドーム(中区)の被爆前の姿、広島県産業奨励館や、平和記念公園(同)になった中島本町、呉のかつての街並みをよみがえらせた背景画が並ぶ。

 こうのさんは「戦争を体験していない世代なりに、時代背景を地道に追い掛けていくことで、当時の人々がどういう心理状態になっていくかを探ろうとした作品」と語る。家族愛や日々の暮らしの尊さは現代にもつながる。「描いて感じたのは、平和を貫くことの難しさ。それは今も変わっていない」

 同展は中国新聞社などの主催で11月3日まで。11月1日を除き火曜休館。

(2016年9月9日朝刊掲載)

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