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社説・コラム

枠からこぼれ落ちるもの 廿日市で「Nのパラドックス」展 イサム・ノグチ「幻の原爆慰霊碑」が軸

 黒か白か、男か女か、日本人か否か。社会には、人や事物を分かりやすい属性で枠にはめたり線引きしたりして、単純化して捉える風潮がある。でもそこからこぼれ落ちるのは―。廿日市市宮内のアートギャラリーミヤウチで開催中の「Nのパラドックス」展は投げ掛ける。(森田裕美)

 ベルリンを拠点に活動する近藤愛助さん(36)と、福山市生まれでドイツでも活動した広島市在住の古堅太郎さん(41)の2人組ユニット「A/T」が先月から滞在制作し、公開する展覧会。日米のはざまで翻弄(ほんろう)された日系米国人美術家イサム・ノグチ(1904~88年)の「幻の原爆慰霊碑」を軸に空間を構成している。

 1952年、ノグチが広島市に届けた原爆慰霊碑の案が不採用となったのは、原爆投下国の米国人であることが影響したといわれる。一方でノグチは戦時中、米国内の日系人収容所に自ら入ったものの、周囲の日系人に米側のスパイと疑われたという。

 壁面を埋め尽くすのは、ノグチの作品や肖像をコラージュしたモノクロのポスター。肖像は顔の部分が空洞のようだ。黒か白かと回答を求められるように日米の帰属を問われた彼の虚像にも見える。

 そこに響く音声は、3点ある映像のうちの一つから。ノグチの慰霊碑案の不採用について、当時の広島市長や選考に関わった識者、本人の言い分を文献などから拾って朗読。芥川龍之介の「藪(やぶ)の中」をモチーフに、慰霊碑がある平和記念公園(広島市中区)の木々を藪に見立てた映像と重ね合わせている。

 ほかの2点の映像は沖縄が舞台。古堅さんが自らの祖先をたどる旅に、近藤さんが同行し、出合った光景や発見をありのまま映す。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設への抗議活動にも迫りつつ、多様な沖縄の姿を見せる。

 壁と映像が囲む空間には米軍払い下げのカーキ色のTシャツがぶら下がっている。脱色してむらになった生地には原爆慰霊碑を背にしたスマートフォンの画面。映っているのはオバマ米大統領の広島訪問だ。日米の和解を印象づけたイベントだが、核政策を含む日米同盟強化の問題を考えずにはいられない。

 表題のNは、ノグチのNでもあり、核(nuclear)や国籍(nationality)のNとも受け取れる。扱っているテーマが大きいだけに、雑多で表面的との批判もあろうが、「パラドックス」(逆説、矛盾)をはらむ目前の問題を素通りしている現代人を、はっと立ち止まらせる装置になっている。10月16日まで(火、水曜休館)。無料。

(2016年9月16日朝刊掲載)

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