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社説・コラム

社説 首相キューバ訪問 経済交流だけではなく

 かつての東西冷戦時代を考えれば隔世の感がある。きのう、安倍晋三首相は東側勢力の橋頭堡(ほ)だったキューバを訪れ、ラウル・カストロ国家評議会議長との首脳会談で、経済連携を強めることなどを合意した。世界は再び混迷を迎えつつあるが、大きな時代の流れからみれば一つの前進と言えるだろう。

 日本の首相としては初のキューバ訪問だ。直接のいざこざはなかったものの、なぜ一歩が踏み出せなかったのだろう。溝が決定的になったのは1962年の「キューバ危機」だ。カリブ海を挟んで米国と向き合う社会主義国のキューバに旧ソ連がミサイルを配備する計画が明らかになり、核戦争の寸前までいく。米国は国交を断絶し、西側諸国との関係は冷え込んだ。

 流れを大きく変えたのは昨年7月、米国とキューバの54年ぶりの国交回復だ。オバマ米大統領による退任前のレガシー(遺産)づくりとされる。冷戦はとうに去り、もっと早く日本独自で関係改善に動いてもよかった。ただ、キューバをテロ支援国家に指定していた米国の顔色を無視できなかったのだろう。

 今回、国連安全保障理事会の改革に向けて中南米で日本の存在感を高める狙いもあるが、安倍首相の頭を占めるのは企業進出だ。要人を送り込み、折衝を始めた韓国や欧州諸国に後れを取るまいとの考えなのだろう。

 地ならしとして1800億円の対日債務のうち1200億円の免除を決めた。首脳会談では医療分野の協力も申し出、医療機器の導入に向けた13億円の無償資金協力を発表した。将来、水道や交通などインフラの再構築に日本企業が食い込むための手土産の意味もあろう。

 投資案件を協議するため11月には東京で官民合同会議を開くことが決まった。ただ、いささか期待過剰ではないだろうか。

 キューバの人口は約1100万人で、国内総生産(GDP)は日本の数十分の一程度にすぎない。インドやアフリカ圏といった数億人規模の巨大マーケットとは比べるべくもない。

 さらに言えば米国は経済制裁を全面解除しておらず、国交回復後もキューバの経済成長率に大きな変化は見られない。米議会はオバマ外交に否定的な共和党が多数派を握る以上、先行きは不透明と言わざるを得ない。

 しかしながら、今回のキューバ訪問で核兵器廃絶に向けた賛同を得たことは大きい。

 「両国は核のない世界をつくるという点で一致している」。安倍首相との会談でこう伝えたのは、かつてキューバ革命を率いたフィデル・カストロ前国家評議会議長である。13年前に足を運んだ広島の原爆資料館を思い浮かべての発言に違いない。

 その実弟に当たるラウル議長との首脳会談で安倍首相は、北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威を説明し、「拉致問題の早期解決に向け理解と協力を得たい」と訴えた。キューバと北朝鮮は友好国とされる。別の外交チャンネルを模索する日本政府の努力はある程度評価できるにしても、肝心なのは実効性だ。

 キューバの統治機構は民主的とはいえず、政治犯として不当に逮捕されるなどの人権侵害も起きている。損得勘定だけの関係改善では、本当の国際協調は生まれない。安倍外交の真価もまた問われている。

(2016年9月24日朝刊掲載)

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