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連載・特集

緑地帯 父のこと 四国光 <6>

 「お父さんの本を書かせていただきたい」。武蔵大教授の永田浩三さんからそんな相談を受け、驚き、喜んだ。永田さんはNHK時代、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」などの製作を通じ、時代を厳しく批判されてきた。私は以前の著作「ベン・シャーンを追いかけて」などの読者でもあったし、真摯(しんし)な姿勢に敬意を抱いていた。

 執筆のための取材に伴走させていただき、私にとっても学びの期間となった。「ヒロシマを伝える 詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち」は今年7月、刊行された。

 原爆を投下され甚大な被害に遭った広島だが、占領下、厳しい言論統制が敷かれる中で、戦後10年間は「沈黙してしまった」ともいわれる。しかし、本当にそうか。峠三吉、大田洋子、栗原貞子、原民喜、正田篠枝、そして父・四国五郎…。表現者たちは「沈黙」どころか命懸けで闘ったし、それが後の広島につながっていく。永田さんの本は、これらの人々による、芸術を通じた平和運動を立体的に描き出した。

 被爆者の手記を集め、組織づくりに奔走した川手健、原爆文学の真価を訴えた長岡弘芳ら、地道な活動に生きた方々に光を当てた意義も大きい。父について、まとまった形で詳細に論じてくださった初めての本でもある。

 戦後広島の平和運動における父の位置付けを、表現者の仲間とともに、時代を俯瞰(ふかん)しながら定めてくださった。ずっと立ち尽くしていた父が、やっと座席をいただき座らせてもらった。私にはそんな情景が目に浮かぶ。(四国五郎長男=大阪府吹田市)

(2016年10月8日朝刊掲載)

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