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緑地帯 父のこと 四国光 <7>

 父は子育てに関して放任主義だった。勉強しろと言われた記憶は全くない。ただ、一つだけ、何度も繰り返し言われた言葉がある。

 「戦争を起こす人間に対して、本気で怒れ」。私が子どもの頃に癇癪(かんしゃく)を起こした時など、言い含めるようによく言われた。「つまらんことで怒るな。人間本当に怒らなきゃいけないときというのがある。それは、戦争だ。戦争は災害じゃない。人が起こすものだ。戦争を起こす人間に対して、本気で怒れ」

 子どもの私に理解できるはずもない。それでも、父は自分の背骨のような価値観を、なるべく息子が小さな時から、徹底して刷り込んでおこうとしたのだろう。父の思いは伝わった。だから、こうして50年以上たった今でも、その言葉を鮮明に覚えている。

 二つ上の姉がいるが、姉も人生で一度だけこっぴどく父に叱られたことがあるという。20歳になって初めて選挙権を得た時、姉は都合で選挙を棄権した。その時の父の怒りはすさまじかったという。「女性が選挙権を得るまで、日本がどれだけ苦労したか。あんたは分かっとるのか!」。姉がいくら「分かりました。もう絶対に棄権しません」と言っても、「いいや、あんたは分かっとらん」と、説教は延々4時間続いたそうだ。

 「戦争はあっという間にやってくる。気が付いた時はもう遅い。戦争をちゃんと知り、選挙で『戦争をしない政府』を自分たちで選び取るしかない」。子どもからお年寄りにまで、いかに分かりやすい表現で戦争を伝えるか。そのことに人生をささげた父の、揺るぎない信念だった。(四国五郎長男=大阪府吹田市)

(2016年10月12日朝刊掲載)

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