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社説・コラム

『潮流』 ワイダ監督のまなざし

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長・宮崎智三

 13歳の少年が第2次世界大戦で見たのは、それまでの教育で身に付けた全てを否定するものだった。戦争とは、虚偽が真実に勝り、弱者は、なすすべもなく滅びなければならないことである―。

 今月9日に亡くなったポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ氏は、当時をそう振り返っている。しかも、西の大国ドイツによる占領が終わった母国を待っていたのは、真の解放ではなく、東の大国ソ連による支配だった。

 そんな抑圧や理不尽さに、映画で立ち向かった。滅びる弱者にも、温かい目を向け続けた。危機や苦難の時期にこそ輝かしい作品を生み出したのもうなずける。

 出世作「地下水道」(1957年)は、ドイツ占領下の首都ワルシャワで武装蜂起した人々を描いた。ソ連軍の援護はなく、蜂起は失敗。代表作「灰とダイヤモンド」(58年)では、主人公の青年はごみ捨て場であっけなく命を落とす。それでも、弱者は単に滅びてしまうわけではない。燃え尽きた灰の底にこそ、ダイヤモンドは残る―。そんな前向きなメッセージが込められているように感じられた。

 弱者へのまなざしの温かさは、ポーランドの歴史と重ね合わせていたからかもしれない。東西の大国のはざまで常に揺さぶられた母国。分割され、消滅したこともあった。

 「カティンの森」(2007年)では、自身の父も犠牲者だったポーランド軍将校ら虐殺事件をモチーフにした。長年、ソ連の抑圧で事実究明すらできなかった戦争犯罪を淡々と告発。現代史の闇に消えた弱者に光を当てた、歴史を見る確かな目と豊かな表現力に圧倒された。

 最新作「残像」は完成したばかり。主人公は、共産主義政権下で迫害された画家。日本では来年6月にも公開される。遺作となったのは残念だが、どんなメッセージが込められているのだろうか。

(2016年10月13日朝刊掲載)

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