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社説・コラム

天風録 「隠された『森」」

 私の次回作も「森」が舞台の作品だよ―。広島の写真家荒木則行さんは亡きアンジェイ・ワイダ監督にそう告げられた。芸北の森の写真を引っ提げ、ポーランドの古都クラクフで個展を開いた11年前の晩秋。この豊かな森がヒロシマか―と驚いてもくれた▲映画の舞台の「森」はカティンだ。先の大戦中、捕虜になったポーランド人将校らを旧ソ連秘密警察が虐殺した地である。犠牲者2万人余の中に監督の父親もいた。その最期を目撃者の手紙で知るのは60年も後になる▲「森」の真相は冷戦の時代には、ひた隠しにされてきた。発掘されないまま朽ちた亡きがらもあったろう▲<ボタンがそこにあるのは証言するためだ>。監督は自伝で祖国の詩人の作品を引く。真相の一端を語るのは朽ちぬ軍服のボタンだけだと詩は例える。監督の志を代弁すれば、映画がそこにあるのは証言するためだ―▲「カティンの森」は荒木さんに告げた2年後に完成する。おととし、首都ワルシャワで監督に取材した本紙記者には「家族に関わる映画を作るのは私の義務だ」と答えていた。いずこの森も、晩秋は霧に煙って美しいだろう。天のワイダ監督は肩の荷を下ろしているはずだ。

(2016年10月14日朝刊掲載)

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