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社説・コラム

天風録 「バンコク『暁の寺』」

 タイ取材の前に求めた三島由紀夫の「暁の寺」を久々読み返す。運河と仏塔の都、バンコクが妖しくも美しく小説に描かれる。「メナムの対岸から射(さ)し初(そ)めた暁の光りを、その百千(ももち)の皿は百千の小さな鏡面になってすばやくとらえ」という一文に傍線を引いていた▲当方も訪れたワット・アルン(暁の寺)の塔には、無数の陶器がちりばめられる。小説の表現を借りれば、多くの仏塔は暁の光を最初に受け、夕日の反映を最後までとどめる。日のある間にさまざまに色を変えるのだ▲プミポン国王の70年に及ぶ在位もまた、最後まで光をまとうものだったに違いない。国父と慕う民が嘆く中、病没した▲兄の急死で戦後の混乱期に即位する。時の首相の思惑で生まれた「タイ式民主主義」の象徴であり続けた。自らの権威を背景に、政治対立を調停する国王の姿。多くの日本人がニュースを見聞きして驚いたことだろう▲だが、ここ10年の危機では、神通力にも陰りが。富める者、貧しい者の溝の広がりが大いに影響していよう。調停役も代替わりするのだろう。バンコクは地元ではクルン・テープ(天使の都)というそうだ。争いがあっても、おおらかに鎮める国柄であれ。

(2016年10月16日朝刊掲載)

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