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社説・コラム

社説 ユネスコ分担金留保 隔たり埋める改革こそ

 国際社会にどう映っていることだろう。日本政府が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の分担金38億5千万円の支払いを留保し続けている。岸田文雄外相が先週、会見で明らかにした。世界記憶遺産として中国が申請した、旧日本軍による「南京大虐殺」関係資料が昨年10月に登録されたことへの反発が背景にあるのは間違いない。

 日中戦争下の79年前、南京で非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは日本政府も認めている。しかし、犠牲者数については諸説あり、日中間で見解の隔たりが大きい。そんな中、中国側が「30万人」虐殺説の根拠としている南京軍事法廷の記録などが遺産登録された。

 歴史的資料を登録、保全し、広く公開するのがユネスコの記憶遺産である。登録は約270件に及び、「アンネの日記」や民主化運動への弾圧だった韓国の光州事件も含まれている。

 日本の懸念は、30万人の数字が独り歩きする恐れがあるからだ。中国が反日教育の材料とするだけでなく、日中交渉の場で歴史カードとして持ち出してこないとも限らない。

 とはいえ、分担金は加盟国の義務である。政府予算成立後の4~5月に支払うのが慣例で、10月でも未払いの状態は極めて異例という。世界遺産アンコールワットの修復費などに約束した5億5千万円の拠出もまだだ。ユネスコの活動にこのまま日本が背を向けてはなるまい。

 各国の分担率は国連予算の分担率とほぼ等しく、日本は9・6%で2番目に多い。トップの米国は、パレスチナのユネスコ加盟に反発し、2011年から支払いを止めている。分担金を盾に、圧力をかけるやり方まで米国をまねるべきではない。日本に対する国際的な信頼や存在感を損ないかねない。

 原爆ドームや厳島神社は、世界遺産登録で人気や知名度がより高まった。ユネスコの活動に対する地域の期待は大きいものがある。原爆文学の記憶遺産登録を目指す動きもそうだ。財政を支援せず、いいとこ取りでは虫がよすぎよう。

 国内外の反発は承知の上で、政府が強硬手段を選んだ節もある。やはり歴史認識で隔たりのある、旧日本軍の慰安婦に関する資料を記憶遺産として今春、日中韓などの民間団体がユネスコに登録申請したからだ。

 いよいよ、意見や主張をごり押しするための「兵糧攻め」と受け取られよう。政府・与党内から、いさめる声が聞こえてこないのは不思議でならない。

 むろん記憶遺産の登録制度には改革が欠かせない。世界遺産の登録は、国際条約で手続きを定めている。関係国で議論の場を設け、事前審査に当たる諮問機関の見解もオープンにしている。これに対し、記憶遺産は根拠となる条約さえなく、制度的に未熟といえる。

 昨年11月、当時の馳浩文部科学相がユネスコ事務局長に直談判し、「登録制度の透明化」で一致した。申請資料の全体を公表し、関係国の意見を聴くべきだ。申請内容が本当に正しいか議論し、慎重にチェックする仕組みが求められる。

 日本政府は速やかに分担金を拠出した上で、制度改革の支援に取り組むべきである。併せて日中韓の関係改善に努めるべきなのは言うまでもない。

(2016年10月17日朝刊掲載)

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