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社説・コラム

社説 日比首脳会談 したたか外交見極めよ

 フィリピンのドゥテルテ大統領が初来日の日程を終えた。

 焦点となっている南シナ海での中国の主権主張を否定した仲裁裁判所判断については、大統領は安倍晋三首相との首脳会談で「判断の範囲外の立場を取ることはできない」と拘束力があることを認めた。

 共同声明でも中国への名指しこそ避けたが、南シナ海問題で「武力による威嚇や武力の行使に訴えることなく」「自制と非軍事化の重要性」を確認した。外務省からすれば中国をけん制できる成果と踏んでいよう。

 とはいえ、仲裁判断の棚上げで合意した習近平中国国家主席との会談から、わずか1週間足らずである。どちらが大統領の真意なのかは見通せない。

 「バランス外交」か、それとも日中両国を「両てんびん」にかけているのか。少なくとも、旧宗主国の米国からアジア重視に軸足を移そうとするフィリピンのスタンスは見て取れる。

 ここ数年、フィリピンの経済は年平均6%の成長を保つ。日中からの経済支援を仰ぎつつ、より成長を確固たるものにしていく戦略のように映る。

 実際、今回の訪中、訪日でも両国を競わせるような形で、目に見える「実」を引き出すことに成功したのではないか。

 大統領が最優先で取り組む麻薬犯罪撲滅対策で、中国が支援表明をすれば、日本も麻薬常習者の更生支援を約束。首都マニラを中心とする北部に比べ、立ち遅れる南部の開発でも、中国は大統領の地元ミンダナオ島への総領事館の開設や空路新設の方針を打ち出す。日本も負けじと、地方のインフラ整備支援を含めて総額で約213億円に及ぶ円借款供与で合意した。

 むしろ「したたかな外交」と見るべきなのかもしれない。

 就任以来の反米姿勢にしてもそうだ。大統領の物言いはオバマ政権の強い反発を招いたが、対中強硬派のアキノ前大統領が依存してきた米国と距離を置くことで、中国と話し合いのテーブルに着けたのは確かだ。

 「力には力」ではない姿勢はむしろ緊張緩和に資するとの見方もできよう。中国を封じ込めるために日米比の軍事面での連携を前提としている日本政府の方が、冷戦時代の思考から抜け出せていないともいえる。今回の首脳会談で合意した、フィリピン沿岸警備隊への大型巡視船2隻の供与や海上自衛隊の練習機5機の貸与も、従来の外交姿勢の延長線上にすぎない。

 米国の影響力を抑え、外交的に自由に考え、動く余地をつくる―。その手法には見習うべきものもあるのではないか。

 ただ麻薬対策では日本としても口を挟むべきだ。裁判を抜きに容疑者が殺害される、超法規的な「荒療治」を改めるとともに、温床を放置してはならないということである。

 麻薬依存をはびこらせる温床に、貧困問題があることは言うまでもない。首脳会談で安倍首相が提示した、農家の新規参入や規模拡大を促す金融支援のしくみも処方箋の一つだろう。貧困に起因する治安悪化に対し、農業地帯の所得向上で歯止めにすることを期待している。

 教育支援も生活水準の向上には役立つはずだ。民生安定に日本がどんな役割を果たせるか。ドゥテルテ外交の行く手を見極め、探っていく必要がある。

(2016年10月28日朝刊掲載)

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