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社説・コラム

いとおしき普通の日々 アニメ映画「この世界の片隅に」12日公開 片渕監督とのんさんに聞く 

戦中の広島 今と地続き

 広島、呉を舞台に戦中戦後の暮らしを描くアニメーション映画「この世界の片隅に」が12日から全国公開される。原爆で焦土と化す前の広島の街並みをアニメ表現の力で再現するなど、注目を集めている。広島市を訪れた片渕須直監督と、主人公の声を担当した俳優のん(能年玲奈から改名)さんに作品への思いを聞いた。(石井雄一)

 「時代背景は戦時下だけれど、普通の日々を送る幸せを感じられる映画です」とのんさん。西区出身の漫画家こうの史代さんの漫画が原作で、1944年、広島から呉に嫁いだ女性すずを主人公に日常生活の機微を描き出す。

 片渕監督が冒頭に選んだのは、すずが子ども時代、今は平和記念公園(中区)となっている旧中島本町を訪れる場面。繁華街だった街並み一軒一軒をよみがえらせようと、かつての住民たちに尋ねて回った。「元安橋のたもとでエビを捕まえたとか、子どもの頃の体験をたくさん聞かせてもらった。たわいもないけど、大切な記憶」。当時の写真も参考に、そこで暮らす人たちも登場させた。「すずさんが何げなく通り過ぎてしまう街でも、きっと見た人の心に何か残ると思う」

 やがて戦況が悪化し、物資が欠乏していく中、すずは野草を摘んで得意げに料理をしたり、着物を仕立て直したりする。「普通に暮らす人たちの生活がいとおしい」と片渕監督。そうした日常を生きる人々の目で、艦載機からの攻撃や空襲も描く。「そうすることで、戦争が何を壊したのか、自分たちの知らないところまで見えてくる気がした」

 片渕監督が今作に向けて動きだしたのは6年前。当初、資金を集めるのに「戦争を描いたものはたくさんある」と断られたこともあるというが、「この映画を見たい」と願う、未来の観客が後押しした。インターネット上で資金を募るクラウドファンディングに約3900万円が寄せられた。

 映画の完成後、2人は平和記念公園を訪問。のんさんは「昔の街を想像すると悲しい感情も湧いてくる。けれど、新しい場所になっても、映画で描かれた日常の幸せが続いている気がしてジーンとした」と話す。

 片渕監督は、今とは縁遠いと思われがちな戦時中を、自分たちと地続きの世界だと実感してもらうために心を砕いた。「原爆でついえたこともあるが、ずっと続いていることもある。それがわれわれが生きている今日につながっている」

(2016年11月9日朝刊掲載)

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