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社説・コラム

社説 米大統領にトランプ氏 「国際協調」を忘れるな

 世界中に激震が走った。米大統領選で、直前まで不利とみられていた共和党候補のドナルド・トランプ氏が、民主党候補のヒラリー・クリントン氏との接戦を制した。

 メキシコ国境に壁、イスラム教徒の入国禁止など、これまでその過激な発言が物議を醸してきた。しかし、きのうの勝利宣言では「分断の傷を修復し、ともに結束していく」と神妙に語っていた。選挙中の発言は勝つためのパフォーマンスであり、大統領の座に就けば現実的な政策を取ることを示唆したとすればありがたいのだが。

 世界各国に不安が拡散している。きのう東京の外国為替市場でも円高が加速、日経平均株価は900円以上下落した。トランプ氏は超大国の指揮に当たる前に、世界の政治と経済の不安材料となっていることを謙虚に受け止めてもらいたい。

 トランプ氏は当初、泡沫(ほうまつ)候補とみられていたが、常に予想を覆してきた。投票が迫る先月にも女性蔑視発言やセクハラ疑惑が浮上した。普通なら米大統領としては不適格と見なされていたはずだ。

既存政治に不満

 しかしトランプ氏の場合は集票にプラスに働いたようだ。背景には「ワシントン政治」への不満の高まりがあるのは間違いない。クリントン氏有利とみられていたミシガン州などで票を伸ばしたのが象徴的だ。「ラストベルト(さびた工業地帯)」と呼ばれる地域であり、自動車や鉄鋼産業の衰退で暮らしが上向かず、白人の労働者層を中心に怒りの声が広がっていた。

 トランプ氏が「ウォール街の言いなりにはならない」と政治支配層をこき下ろす姿に有権者は留飲を下げ、現状打破への期待を託したといえる。

 ただトランプ氏は有名な資産家ではあるが政治経験はない。世界の超大国を本当に率いることができるのか。選挙戦で鮮明となった社会の分断を修復するのも並大抵のことではない。

「核なき世界」は

 外交手腕も当然、問われる。トランプ氏は「米国第一主義」を掲げ、「米国が世界の警察官であり続けることはできない」などと述べてきた。

 8年のオバマ外交の成果を、どうするつもりなのか。核開発疑惑のあったイランと和解するなど、中東などで進めてきた国際協調主義から大きく転換することもあり得よう。ただ独善的なふるまいをすれば、ただでさえ不安定化している地域への影響は大きい。

 国際社会と足並みをそろえる大切さを再認識すべきだ。例えば地球温暖化対策である。トランプ氏は発効したばかりの新たな国際枠組み「パリ協定」からの離脱を公言してきた。仮に断行するなら米国の信用や影響力は明らかに損なわれる。

 むろんオバマ政権が掲げてきた「核兵器なき世界」の行方も憂慮される。トランプ氏はかつてテロ組織に対して核兵器を使用することを示唆し、日本や韓国の核武装を容認する考えを示したこともある。ひとたび核兵器が使われれば、どれほど悲惨な事態を引き起こすかを理解していないとしか思えない。

TPPはどこへ

 こうしたトランプ政権と日本はどう向き合うのか。対米政策の見直しは避けられまい。

 トランプ氏は環太平洋連携協定(TPP)に強く反対し、就任後に脱退する意向を明言している。上下両院で共和党が多数となる状況とも併せ、発効の道のりは難しくなったといえる。安倍政権にとって大きな打撃となるのは必至だろう。

 日米同盟への余波も考えられる。トランプ氏は今後、在日米軍の駐留コストの負担増などを求める可能性が高いからだ。防衛費のさらなる膨張になるのであれば看過できない。

 安倍晋三首相はきのう「日米同盟の絆を一層強固にする」との祝意をトランプ氏に送った。外交儀礼とはいえ、果たして危機感は足りているのだろうか。日本としてトランプ氏の真意と想定される政策の方向性を早急に見定め、外交戦略を練り直してもらいたい。

(2016年11月10日朝刊掲載)

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