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社説・コラム

社説 日印原子力協定署名 核拡散に手を貸すのか

 被爆国として越えてはならない一線を越えるのか。安倍晋三首相は来日したインドのモディ首相と原発技術を供与する原子力協定に署名した。巨大市場への原発輸出に道を開くためだ。

 しかし核拡散防止条約(NPT)未加盟のインドに技術協力することは国際社会のルールに反し、野放図な核拡散につながる。協定は「平和目的に限る」とするが、核に関しては軍事利用とは表裏一体である。

 安倍首相は、協定によってインドは実質的に不拡散体制に参加させることになると詭弁(きべん)に近い説明をした上で「核兵器のない世界を目指すわが国の立場に合致する」と言ってのけた。被爆地として到底容認できない。

 日印の協定交渉は民主党政権時代の2010年に始まり、翌年の福島第1原発事故で一時中断していた。再び動かしたのがインフラ輸出を成長戦略の柱と位置付ける安倍政権である。新幹線の技術協力なども含めて関係を強化する狙いもあろう。

 日本は近年、ベトナムやヨルダン、トルコなどとも相次いで原子力協定を結んでいる。しかしNPTに加わらず、かつ核兵器を持つインドと協定を結ぶのでは全く意味が異なる。

 インドは1974年と98年に核実験を行い、包括的核実験禁止条約(CTBT)も署名していない。原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、核兵器を造るのも技術的には決して不可能ではなかろう。日本との協定は、なし崩しで既成事実化させてきた核開発路線を容認することにほかならない。さらにいえば北朝鮮の核実験強行などで揺れるNPT体制の一層の弱体化を招く恐れもある。

 米国が先んじて協定を結び、インドを特別扱いする先例になった。米メーカーの原発には日本企業の技術がなければ成り立たない部分もあるようだ。インドは慢性的な電力不足の状況にあり、ロシアや中国に傾斜していくことも考えられる。しかし核拡散にストップをかけるべき日本が安易に追随する道を選ぶべきではない。少なくともインドにNPT参加を強く働き掛けるべきではなかったか。

 協定を見る限り、懸念は残ると言わざるを得ない。移転した技術は核爆発装置開発に使用してはならない、と定めて国際原子力機関(IAEA)が査察するとしているが、査察が抜け穴だらけなのは過去の歴史が証明している。さらに日本側がこだわった「インドの核実験一時停止声明の変更があれば協定の終了は可能」とした部分もあいまいな読み方ができる上、あえて協定とは別の文書とした。

 インドの核保有の何よりの背景は隣国のパキスタンとの敵対関係である。折しもカシミール地方の領有権を巡って緊張が再び高まっている。再び核軍拡競争が強まらないとはいえまい。

 福島第1原発事故から5年8カ月。被爆国の責務を置き去りにして原発輸出に前のめりな日本政府に福島の被災者も神経を逆なでされたのではないか。

 その点、インドは平和利用といっても事故時の賠償規定や避難計画も不十分で、反原発運動が根強いことも忘れたくない。

 協定は国会議決が必要で、通常国会の焦点となる。ここは承認すべきではない。党派を問わず、被爆国の役割を思い直すべきだろう。

(2016年11月12日朝刊掲載)

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