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社説・コラム

『言』 トランプ新政権と被爆地 「核使わせない」発信を

◆広島修道大教授 船津靖

 次の米国大統領にドナルド・トランプ氏が就く。イスラム教徒や移民を感情的にののしり、政治経験のなかった実業家が、超大国を率いることに、世界で衝撃が広がる。今後の日米関係はどうなるのか。さらにオバマ現政権の掲げた「核兵器なき世界」の行方は―。米国政治に詳しい広島修道大法学部の船津靖教授(60)に聞いた。(聞き手は論説委員・東海右佐衛門直柄、写真・河合佑樹)

  ―トランプ氏が勝った背景をどう分析していますか。
 米国の大統領選では常に、二大政党のバランスが働いてきました。民主党のオバマ政権は2期続き、その継承者がヒラリー・クリントン氏でした。黒人の次は女性、ということに拒否感が生まれた可能性があります。米国は女性が活躍する社会と思われていますが、実際の大衆保守層には男性中心主義の体質が根強いのです。

  ―ただ政治の素人に任せる決定を下したことに驚きます。
 トランプ氏の人気は、日本人には意外かもしれません。元スーパーモデルで長身の奥さんや娘さんを従えてテレビに出て、まさに金ぴかのセレブ。巨万の富を得た成功者です。テレビも視聴率が伸びるから、暴言やセクハラ疑惑があっても彼を取り上げ続けました。結果として、メディアが政治ショーと化し政策論争が深まらなかった。既存政治への白人労働者層の怒りも大きいですが、メディアの責任も大きいと思います。

  ―新政権は、世界にどんな影響を与えるのでしょう。
 選挙後の勝利宣言では、それまでの強気の発言がありませんでした。今後、どんな人が政権入りするかが注目です。トランプ氏が掲げる「米国第一主義」は別の言葉にすると愛国主義、排外主義。保護貿易が進めば世界に深刻な影響が出ます。さらに問題なのは、そうした反グローバリズムが何も米国だけで起きているのではないことです。欧州各地でナショナリズムの動きがあり、英国は欧州連合(EU)離脱を決めました。今後、反グローバル化の潮流が広がるかもしれません。

  ―日本との関係では…。
 日米同盟は危なくなると見ています。トランプ氏は「なぜ米国が日本を守る必要があるのか、守ってほしければもっと金を払え」と言っています。これまで日米同盟は、共通の価値観や政治的利益を重んじてきました。しかし彼は米国側のコストしか見ていない。だから「日本の離島を防衛するため中国と相対するなんて割に合わない」となるかもしれない。そうなれば日米同盟は損なわれます。その際、日本政府は自力で防衛力を高めるのか、それを世論は許すのか。非常に重い課題です。

  ―その中で、トランプ政権の核政策がどうなるか。
 核政策は官僚やブレーンを経て決まるため、すぐ劇的に変わることはないでしょう。ただトランプ氏は、日本や韓国の核武装を容認する発言をしたことがあります。核のボタンの持つ重みを分かっていないのでは。オバマ政権の「核兵器なき世界」の理念が継承されることは難しい。「核兵器は二度と使ってはならない」という規範意識が弱いように見えるのが心配です。

  ―これを機に核軍縮の機運がしぼむのでしょうか。
 いいえ、逆に米ロ間で核軍縮が進む可能性は出てくると見ています。オバマ政権下では進みませんでした。ロシアがクリミア半島に侵攻し、両国の関係が悪化したからです。経済制裁に苦しむプーチン大統領は事態打開のためにもトランプ政権と交渉したいはずです。一方の米国にとっても核兵器は、持ちすぎで量を減らすことはコスト減になる。両者の思惑は一致する可能性があるのです。

  ―そこで被爆地が果たすべき役割をどう考えますか。
 トランプ氏が大統領に就くことで、核を持たない国の危機感は高まり、より結束するかもしれない。それが来年、国連で始まる核兵器禁止条約の議論をさらに促す可能性があります。その際、被爆地からの「核兵器は二度と使ってはならない」という発信が重要になります。ひとたび使うと、どんな悲惨な状況がもたらされるのか。非人道性をトランプ氏に粘り強く訴えていくことが大切です。

ふなつ・やすし
 佐賀県伊万里市生まれ。東京大文学部卒。81年共同通信社入社。モスクワ特派員、エルサレム支局長、ニューヨーク支局長、編集・論説委員などを経て4月から現職。著書に「パレスチナ―聖地の紛争」(中公新書)。

(2016年11月12日朝刊掲載)

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