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社説・コラム

『潮流』 宮沢氏の「委任状」

■周南支局長・山中和久

 来年のスケジュール帳を買い求めた。ことしのものに挟んでいた憲法全文も移した。といっても何かの手帳の巻末から引き抜いてホチキスで留めた冊子だ。

 こんなことを始めたのは宮沢喜一元首相が亡くなった2007年からだ。ご本人のまねである。

 宮沢氏は首相退陣の2年後、人気漫画誌で「21世紀への委任状」と題する連載を持った。その中では憲法を常に持ち歩く理由を「みなさんのように学生時代にいまの日本国憲法を習っていないんです」と説き、その憲法は日本という「体」に合うよう運用・実践されてきたとつづった。

 国会では改憲勢力が衆参両院で3分の2以上を占める。安倍晋三首相が尊敬する祖父の岸信介元首相でさえ「憲法改正は私の政界における一貫した狙いだが、そう容易にできるものとは思っていなかった」と語った悲願の環境が整った。

 公布70年の憲法。99条は国家権力による憲法の尊重と擁護を義務付け、国民の自由と権利を守る憲法の目的を明記する。だが自民党改憲草案はその縛りを解き放とうとする色合いだ。

 連載で宮沢氏が呼び掛けた言葉を思い出す。「戦後日本で何がいいか、一つあげるとしたら、私は、『自由があること』と申します。ですから、もしも自由についての干渉らしいことがおこる兆しがあったら、徹底的にその芽をつぶしてもらいたい」。日本が戦争へ突き進んだ時代に青春を過ごし、自由を奪われた体験が原点にある。

 改憲勢力から「憲法は不磨の大典ではない」とのフレーズを聞く。一方で改正のハードルの高さは、国民本位の議論を求めている。広辞苑によると「不磨」とは「すりへってなくならないこと」。理念と役割をしっかり磨くことが、変えるより先ではないか。老眼で読みにくくなった冊子を開き、あらためて思う。

(2016年11月15日朝刊掲載)

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