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社説・コラム

社説 南スーダン陸自新任務 政権の思惑こそ危うい

 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊の部隊に対し、政府が新たな任務「駆け付け警護」を付与することが閣議決定された。

 3月に施行された安全保障関連法で可能になった任務だが、なぜそれほど急ぐのか、理解できない。自衛隊創設以来の重大局面と言っても過言ではない。海外での武力行使を禁じた憲法9条の空洞化を強く懸念する。

 駆け付け警護とは武装集団に襲われた国連や非政府組織(NGO)の職員がいる場所に向かい、武器を使って助ける任務である。安保法に盛り込まれたPKO協力法改正で、正当防衛と緊急避難に限られていた武器使用基準を緩め、任務遂行のための警告射撃を可能にした。PKO宿営地で他国軍と共に武装集団の襲撃に対処する新任務「共同防衛」も近く付与される。

 しかし事態は甘くない。南スーダンの首都ジュバでは7月に大規模な戦闘があり270人以上が死亡した。その後も政府軍と反政府勢力の衝突が相次いでいる。国連の潘基文(バン・キムン)事務総長もジュバや周辺の治安情勢は不安定と指摘するほどだ。

 一方で派遣されている陸自隊員の多くはあくまで南スーダン独立後の「国造り支援」を担う施設部隊である。しかし、その後の内戦の激化によってPKOの目的が「住民の保護」に変更された現状では、実際に駆け付け警護の任務を帯びれば歩兵部隊とみなされよう。大規模な戦闘にも巻き込まれかねない。

 にもかかわらず、安倍政権のこれまでの進め方は「新任務ありき」というほかない。

 新任務に伴う陸自の岩手県での訓練は武器使用の可能性もある想定だったが肝心の場面を公開しなかった。危険な任務というイメージを与えまいとする思惑だったのだろうが、逆に国民の不安が増したのではないか。

 柴山昌彦首相補佐官は南スーダンでキール大統領と会談し、和平協定の履行に取り組むとの言質を得たという。しかしジュバ市内は落ち着いている、PKO参加5原則は維持されているという認識は楽観的すぎる。

 安倍晋三首相はきのう国会で「自衛隊の安全を確保し、意義のある活動が困難であると判断する場合、撤収をちゅうちょすることはない」と述べた。その通りだろう。しかし「新任務ありき」の姿勢で緊迫した現地の状況を的確に判断できるのか。当座の批判をかわすための方便にしか聞こえない。

 ジュバで7月に戦闘が起きた時、政府軍兵士に襲われた市民からの救助要請に応じなかったとして、PKO部隊のケニア出身の軍司令官が更迭された。国連としては「市民が殺されるのを傍観した」との批判の高まりを受け、参加国の引き締めを図ったのだろうが、ケニアは部隊を撤収すると反発している。

 陸自の部隊も新任務を付与された上で、もし市民保護に二の足を踏めば批判を浴びる恐れがある。こうした国連PKOの内紛に振り回されるようだと、任務の遂行にも支障が出よう。

 安倍政権が「積極的平和主義」を形にしたいがために、新任務に前のめりになるとすれば危うい。平和憲法の下でPKOに参加する以上、たとえ新任務は付与したとしても実際の運用は凍結すべきであり、それが無理なら撤退しかない。

(2016年11月16日朝刊掲載)

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