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連載・特集

緑地帯 記憶のケア 川本隆史 <1>

 「記憶のケア」という課題の重大さに思い至ってから、早くも20年が経過している。被爆地・広島に生まれ育ち、倫理学を守備範囲とするようになった私が「社会の正義」(誰もが暮らしよい、まともな社会)を構想する務めと並行して取り組もうとしたのが、この「記憶のケア」にほかならない。

 カタカナ交じりのこなれない造語だけれども、いくつもの場数を踏むことで自分なりに考え深めてきたつもりではある。そうした歩みを、知恵を借りた関係者との交流を軸に振り返り、このコトバの厚みや広がりを見極めて、これからの探究の足場を固めたい。

 この語句を初めて人前で使ったのは、「全国原爆被爆二世教職員の会」の中谷悦子さん(1996年当時、大竹市立小方小勤務)との対談でだった。同年4月、NHKがスタートさせたテレビ番組「未来潮流」への出演を打診された私は、かねてより抱いていた「ケア」への関心に基づいて、神戸・東京・広島を巡り歩いて<いのちのケア>の意義を探り出すというプランを立てた。

 神戸では、阪神大震災の被災者に対する「心のケア」をどのように実践したのかを精神科医の安克昌さんにうかがい、東京では、導入の準備が本格化していた公的介護保険を巡って社会保障研究所所長の塩野谷祐一さんと「制度のケア」のあり方を論じ合っている。同じ番組で中谷さんとのトークの主題に据えたのが、「記憶のケア」だったのである。(かわもと・たかし 国際基督教大教授=東京都)

(2016年11月17日朝刊掲載)

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