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社説・コラム

社説 憲法審査会再開 「土俵」は整っていない

 衆参両院の憲法審査会が実質審議を再開させた。参院は9カ月ぶり、衆院に至っては1年5カ月ぶりである。

 その間、取り巻く状況は様変わりした。7月の参院選で憲法改正に前向きとされる勢力が国会での発議に必要な「3分の2以上」の議席を得たからだ。

 ただ、きのうの衆院の憲法審を聞いても改憲勢力とひとくくりにできるほど、足並みがそろってはいない。

 自民党は改憲案を発議できる土俵が整ったとみて改憲項目の絞り込みを急ぐ。参院に続いて衆院でも、緊急事態条項の不備や環境権などを挙げた。

 ただ連立与党の公明党は現行憲法が占領下で制定された、いわゆる「押し付け論」を持ち出す自民に異論を表明した。温度差は明らかといえよう。

 野党でありながら政権への協力姿勢を隠さない日本維新の会は、統治機構の抜本改革や教育の無償化といった独自の改憲案を示した。

 考え方や基本スタンスの隔たりは見過ごせない。与党側には数の力にものをいわせる「改憲ありき」ではなく、主権者たる国民に開かれた、慎重の上にも慎重な審議を求めたい。

 流れに異を唱える側の姿勢も問われよう。野党第1党の民進党はきのう、「与野党の丁寧な合意形成」を改憲論議の前提とした。「安倍政権下での改憲に反対」としていた対決路線から後退した感もある。問題とどう向き合うか、党内議論が進んでいないようだ。

 共産党や自由、社民両党は改憲論議を前に進めること自体に反対している。こうした状況を見る限り、与党の言う通りに議論の土俵が整ったとは言い難い。自民の委員が「自主的な憲法改正は国政の重要課題だ」と述べたのは前のめりすぎる。

 自らの手で憲法改正を成し遂げたい―。それが安倍晋三首相の悲願であることは疑いない。今国会の所信表明演説でも改憲案を国民に提示するのは「国会議員の責任」としていた。

 「行政府の長からの越権」と今回、憲法審で批判の声が上がったのは当然だ。

 自民は野党時代の2012年に発表した憲法改正草案の審査会への提出を見送り、事実上棚上げした格好だ。ただ野党側の撤回要求には応じていない。憲法審の場で本格的に議論を重ねるつもりなら、ゼロベースで仕切り直すのが筋ではないか。

 改正の中身が見えない中、国民投票の時期すら視野に入れる現政権のペースに乗る必要はない。そうした姿勢に国民も懸念が拭えないのだろう。共同通信の世論調査では参院選後も、首相の下での改憲に55%が反対し、賛成の42%を上回った。

 憲法審の役割は改憲原案の審査に限らない。「憲法及び憲法に密接に関連する基本法制」について広く総合的な調査も求められる。その意味では、昨年6月の衆院憲法審で参考人の憲法学者3人全員が「違憲」と明言した安全保障関連法についての検証もしておくべきだ。

 憲法は一言一句変えてはならないものではない。しかし拙速な論議は、日本社会の屋台骨を揺るがしかねない。今なぜ、改憲の必要があるのか。どこを変えねばならないのか。決める権限を持つ国民を置き去りにしない議論が望まれる。

(2016年11月18日朝刊掲載)

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