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連載・特集

緑地帯 記憶のケア 川本隆史 <2>

 私が登場した「未来潮流」は、当時のNHK教育テレビで1996年7月6日夜にオンエアされた。そもそも、対談相手の中谷悦子さんと私を引き合わせ、「記憶のケア」なるテーマを思いつかせてくれたのは、幼なじみの岸本伸三君であった。

 県立高校の国語科教員にして、被爆2世や各種団体の運営に深く関与してきた岸本君からは、広島の公教育や被爆者運動の現状について多くを教わってきた。被爆の記憶と忘却とのせめぎ合いを活写した米山リサさんの好著「広島 記憶のポリティクス」(岩波書店)の謝辞に、彼の名前を見つけた時の驚きと喜びも忘れられない。

 中谷さんに恐る恐る提起した「記憶のケア」とは、被爆の痛苦な記憶を無機質の情報の塊として捉えるのではなく、いわば「生き物」のように見立てて、注意深く世話し手入れする営み(ケア)を指す。つらい記憶であればあるほど、固定観念や「神話」へと凝り固まって人々を縛る傾向がある。それを丁寧にほぐしながら、記憶にゆがみや欠落がないかを点検する作業を、「記憶のケア」と名付けてみたのである。

 例えば中谷さんと確認した問題点の一つは、公式の場で多用される「唯一の被爆国・日本」というくくり方が、在外被爆者を救済の対象から排除する方向へ視野を狭め、ひいては被爆・敗戦に先立って日本が犯してきたアジアへの加害責任を見えにくくしてはいないかということだった。そうした欠陥を正し、被害と加害の両局面を見据えるところにこそ「記憶のケア」の本領がある。(国際基督教大教授=東京都)

(2016年11月18日朝刊掲載)

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