×

社説・コラム

音楽の力 広島で再確認 「ふれあいコンサート」来年10年 指揮者 大野和士さん 

出演者連れ平和公園へ

 世界的に活躍している指揮者大野和士さん(56)が、広島をはじめ全国各地の福祉施設や病院で開いている「ふれあいコンサート」が来年で10年を迎える。同コンサートは広島出身の音楽家や経済人との縁で始まったこともあり、「広島は大きな力を与えてくれる街」と大野さん。節目の来年、広島で「ふれあいコンサート」や「オペラレクチャーコンサート」を開く大野さんに思いを聞いた。(客員編集委員・冨沢佐一)

 大野さんは、広島出身の声楽家寺本知生さんの紹介で元カルビー会長松尾康二さんと知り合い、同社や松尾さんの支援でさまざまなプロジェクトを実施してきた。ふれあいコンサートは「その恩返しの意味を込めて」開いてきた。2011年の東日本大震災以後は被災地での公演も組み入れ、「コンサートに大きな意味が加わった」と話す。

 コンサートには、若い歌手を連れて行く。「歌手が鍛えられた声でモチーフを『アー』と言っただけで、子供たちの目の色が変わるんです」。人の声は全ての楽器に勝ると考える大野さん。生の音楽に触れる機会が少ない養護施設の入所者や病院の入院患者たちの表情が驚きから魅入られた表情に変わっていくのを見て、続けていきたいと考えるようになったという。

 広島での公演の際は、必ず若い歌手たちを原爆ドームや原爆資料館に連れて行く。「直視しにくい展示もあるけど、それらは行ってみて初めて分かる。広島はそれらを体験できる数少ない場所だと思います」。広島は、音楽に人を癒やす力があり、再生するために音楽があることを再確認できる場でもあるという。

 大野さんはフランス国立リヨン歌劇場首席指揮者をはじめ海外を中心に活動。現在でも「約7割が海外」だ。クロアチアのザグレブ・フィル音楽監督時代には民族対立による内戦が発生し、防空壕(ごう)の中で銃声や砲声を聞いた体験もある。声を出せば狙撃される危険な夜道を人々は黙って集まって来て、音楽を聴いて、また黙って帰って行く。そんな状況下で開かれた演奏会には平時よりも多くの人々がやって来たという。「音楽は人間にとって必要であると確信し、その後の活動の原点になった」と話す。

 「平和であっても、平和でなくても、音楽を聴く、芸術を鑑賞する、ということはとても大切ではないかと思います。人間が人間としての自覚を持つ契機となるのが音楽です」と大野さん。今や「ふれあいコンサート」は大野さん自身の中で「大きな存在」のボランティア活動となっている。

(2016年11月18日セレクト掲載)

年別アーカイブ