×

社説・コラム

社説 震災避難でいじめ 氷山の一角ではないか

 「ばいきんあつかい」「なんかいも死のうとおもった」。その手記に心が重くなる。福島第1原発事故後の2011年8月に福島県から横浜市へ自主避難し、現在は中学1年の男子生徒が書いた。転校先の小学校で同級生のいじめに遭い、不登校になっていたことが分かった。

 どんないじめも許されない。だが原発事故被災者への差別と偏見が子どもたちに広がっていたとすれば、さらに重大だ。

 考えるべきことは二つある。まず一つは、当の小学校や横浜市教委の事なかれ主義としか思えない対応の検証である。

 小学2年だった転校直後から同級生に名前に「菌」を付けて呼ばれたり、蹴られたりといった行為が繰り返されたという。「福島の人はいじめられるとおもった」という本人の言葉からすれば、被災者を標的としたいじめと考えていいだろう。

 5年生の時には同級生が、賠償金があるだろうと言い掛かりをつけて、遊興費などに150万円も家から持ち出させていたという。あぜんとする。しかも生徒や両親が再三被害を訴え、警察からも情報が伝わっていたというのに学校側も市教委も対応を怠り、調査をろくに行わなかった責任は重い。

 長い不登校という点で、13年施行のいじめ防止対策推進法が調査を義務付ける「重大事態」に該当する。保護者の求めで、第三者委員会の調査がようやく始まったのは不登校になって相当な時間が経過してからだ。報告書が「教育の放棄に等しい」と断じたのもうなずける。

 せっかくできた法律が歯止めとなるどころか、早くも形骸化していないか。文部科学省が調査と指導に入ったのも当然だ。ただ松野博一文科相がおととい、いじめ防止に向けて出したメッセージで教科に格上げされる道徳教育の充実をことさら強調したのはどうだろう。

 陰湿ないじめは複雑な要因があり、決して「上から」の一律の教育だけで解消されるものではない。個別の子どもたちの状況にきめ細かく寄り添い、一緒に解決策を考えていく。そんな現場の視点からの再発防止策こそ何より急がれるはずだ。

 もう一つ大きな問題は今回のいじめが、ある意味で原発事故被災者への大人の見方を映したとも考えられることだ。例えば賠償金の話である。福島から避難してきた人は東京電力のお金で楽々と暮らしている―。いわれなき中傷を周りの誰かが口にしていて、いじめる側の子どもがまねた可能性はないのか。

 おそらく「氷山の一角」だろう。福島から避難した子どもがいじめに遭うケースは各地で報告されている。日本全体で被災地への関心が薄らぐ一方で放射性物質の影響について正しく理解されず、福島の農林水産物に風評被害が残る。そんな現実と無関係ではないかもしれない。

 原発事故現場の近くに残った被災者も賠償打ち切りなどの問題に直面する。まして全国に散らばる自主避難者の状況は厳しい。この男子生徒が震災の多くの犠牲者に思いをはせて「つらいけどぼくはいきるときめた」という手記に心動かされた。

 その決意を私たちは支えなければならない。被災した児童・生徒へのケアに力を尽くすだけでなく、長引く避難生活全体を思いやる気持ちを持ちたい。

(2016年11月20日朝刊掲載)

年別アーカイブ