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社説・コラム

『私の学び』 駐広島韓国総領事・徐張恩さん 

龍馬見習い諦めず挑戦

 駐広島韓国総領事館(広島市南区)は来年1月、開館20年を迎える。広島、山口、島根の中国地方3県に愛媛、高知を加えた5県を管轄している。2014年4月に駐広島韓国総領事に就任して以来、日韓の交流を進めようと管内を巡っている。

 高麗大の学生時代に司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読み、日本の近現代史に興味を持った。反目していた薩摩藩と長州藩を説き伏せ、明治維新を大きく推し進める原動力となった坂本龍馬の生きざまに引かれた。目標に向かって突き進む強い意志と行動力は素晴らしい。

 土佐藩出身の龍馬に加え、吉田松陰や高杉晋作たち幕末の志士の多くは長州藩出身。国を動かした人物がどのような環境で生まれたのか知りたいと思っていた。日本赴任を希望していたところ、山口と高知が管内にある総領事館へ着任したことに少なからぬ縁を感じている。

 龍馬は幕末の混乱期、脱藩して勝海舟の下で航海術を習得する。貿易会社を兼ねた政治結社を結成して海運業で才能を発揮し、薩長同盟を実現させた。彼の歩みを見ると、藩という枠組みを超えた広い視野と行動力、逆境を克服する力、時勢に柔軟に対応する力が卓越していたと思う。

 日韓関係を考える上でも、そうありたい。日韓国交正常化50年の昨年は、多くの交流行事を企画した。今は、外交使節「朝鮮通信使」を呼び水にした交流促進に力を入れている。ことし3月には、通信使の関連資料を日韓共同で国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録申請した。

 通信使は豊臣秀吉の朝鮮侵略で途絶えたが、江戸幕府になって復活した。平和の使者として朝鮮王朝と幕府の友好を築く要となった。近現代の日韓関係は戦争の記憶が色濃く残るが、歴史から学べば、断絶した関係は再構築すればいい。龍馬のように、困難にぶつかっても諦めずに何度でも挑戦することが大事だ。

 昨年11月、3年半ぶりに日韓首脳会談が開かれ、両国の関係改善が進む。着任した2年前と比べ、市民感情も改善していると肌で感じる。広島を拠点に20年間紡いできた両国の営みを深化させることが、日韓基本条約が締結された1965年に生まれた私の使命だと思っている。(聞き手は栾暁雨)

ソ・ジャンウン
 福山市の親善友好都市、韓国・浦項(ポハン)市生まれ。1989年高麗大法学科卒。2009年ソウル市政務副市長。現在、妻と中学生の長女、長男と広島市南区で暮らす。韓国でも人気という広島東洋カープのファン。

(2016年11月21日朝刊掲載)

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