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12年一貫で被爆実相学ぶ 広島市教委 新たな平和教育

 広島市教委は、小学校から高校まで12年間一貫した平和教育のプログラムづくりを3年計画で進めている。2年目の本年度は、昨年度つくったプログラムの試案や学年別教材を基に、小中高合わせて10校あるモデル校で授業を試験的に実施。来年度からの全市立学校への導入を目指している。試行授業の様子や、新たな平和教育に取り組む狙いを取材した。(宮崎智三)

 「たけし君は、どんなことを思いながら募金をしたのかな」。5年3組の担任、内田友和教諭(35)が、27人の児童に問い掛ける。

 平和教育のモデル校の一つとなった千田小(中区)での試行授業。題材として取り上げたのは、球団が発足して間もなく資金繰りが苦しくなった広島東洋カープの存続を目指して広島市民が始めた、たる募金だ。

 児童たちの手が挙がる。「被爆後寝たきりになった父ちゃんが応援するカープを解散させたくない」「カープは広島復興のシンボル。希望をなくさせたくない」「カープがなくなれば父ちゃんも広島市民も悲しむ」…。自分なりに考えた答えが次々に出された。

 身近なカープを通して、被爆の惨禍からの復興と、それを支えた市民の郷土愛について学ぶのが狙いだ。

 授業で使う、教科書とワークブックを兼ねたような教材「ひろしま平和ノート」は、市教委が昨年度つくった。小1~3年、小4~6年、中学、高校と合わせて4種類(いずれも31ページ)。各学年とも3~5時間の単元で学ぶ題材をそろえた。この1年、モデル校での試行授業を通して、指導内容や方法などをチェック、来年度の全市立学校導入に反映させる。

 子どもの成長に応じて被爆の実相に関する学習が深まり、体験継承につながるよう題材などを選定。一方、自分から家族へと徐々に視野を広げさせ、中学・高校ではさらに社会や世界へと発展させるように工夫している。

 子どもたちが興味を持つよう幅広い題材を盛り込んでいる。例えば小2。被爆アオギリを通し、命あるものを大切にする心を学習。小3では、原爆で父や姉弟を失う少年が主人公の漫画「はだしのゲン」を素材に、引き裂かれる家族や、家族のきずなについて学ぶ。

 中学向けには、「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子さんや、被爆直後の広島に15トンも医薬品を届けたマルセル・ジュノー博士が登場。広島と世界とのつながりや、人類愛について考える。

<平和教育プログラム(試案)学年別教材>
①狙い
②学年別のテーマと、主な題材名、教材

●小学1~3年生
①被爆当時の広島の様子や人々の気持ち、命の大切さについて考える
②小1 みんなの宝物 ○宝物を絵に描こう~紹介しよう(発表会) ○金魚が消えた(絵本)
 小2 みんな生きている ○草花観察○アオギリ(読み物) ○アオギリさんたちへの手紙
 小3 戦争があったころの広島 ○暮らし今と昔 ○家族のきずな、引きさかれる家族(漫画「はだしのゲン」)

●小学4~6年生
①郷土の発展に努めてきた人々の復興への思いや願いを考える
②小4 広島の被爆と伝えたいこと ○フラワーフェスティバルにこめた願い ○被爆と人々の暮らし ○残したいもの・
     伝えたいこと(被爆ピアノ)
 小5 広島市の復興と人々の願い ○被爆者の思い(手記) ○復興と人々の願い(たる募金、一番電車)
 小6 これからの広島 ○暮らしの中の平和(新聞記事) ○より平和なまちづくりを目指して

●中学生
①被爆の実相について理解するとともに、世界平和にかかわる諸問題について考える
②中1 人々の平和への思い ○お好み焼きに込められた思い ○平和記念都市建設に込められた思い
 中2 広島と世界のつながり ○世界に広がったサダコと折り鶴 ○国境を越えた「愛」と「勇気」(ジュノー博士)
 中3 持続可能な社会の実現 ○核兵器をめぐる世界の現状 ○国際平和への取り組み(平和市長会議)

●高校生
①被爆の実相を科学的に理解するとともに、平和な世界を実現するための広島の役割について考える
②高1 ヒロシマ ○平和とは何か ○原爆と被爆の実相 ○被爆者が伝えること~中沢啓治さんからのメッセージ
 高2 平和で持続可能な社会について ○ヒロシマへの人々の思い(ノーベル平和賞世界サミット参加者)
 高3 私たちの平和プロジェクト ○平和のために自分ができること ○私の目指す進路と「平和」

◆策定の背景◆

継承意欲低下に危機感

自主学習が柱 復興重視

 市教委が新たな平和教育プログラム策定に乗りだした背景には、原爆の知識や被爆体験継承への意欲が低下している児童や生徒の現状への危機感がある。

 例えば、広島への原爆投下の年月日と時刻についての知識。2010年度に実施したアンケートでは、投下された年、月日、時分とも正確に答えたのは小学4~6年生では33%しかいなかった。中学生は55・7%、高校生でも66・3%だった。

 小学生の場合、被爆50年の1995年度の調査に比べ22・7ポイントダウン。中学生も19ポイント下がり、ともに過去最低のレベル。

 各学校は平和教育に取り組んでいるのに、なぜか―。市教委は、小中高校間の連携が十分取れていない▽具体的な指導方法や内容が体系的ではない▽平和教育が「よい」「大切」というイメージより、「受け身」「一面的」とのイメージを与えている―などの問題点があると分析。

 こうした現状認識を踏まえて策定したプログラムの試案では、体系化と、脱「受け身」を目指すための参加体験型の自主的学習を柱に据えている。

 中身も見直した。被爆の実相に加え、原爆投下後の焼け野原からの復興を重視。被爆の惨状と現在の広島の街が延長線上で結べるようになり、さらに未来の広島を展望しやすくしている、という。

(2012年7月2日朝刊掲載)

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