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連載・特集

緑地帯 記憶のケア 川本隆史 <5>

 著書「共生から」の合評会後も、私は石原吉郎と栗原貞子のやりとりについて考え続けた。そのうちに、当初は対立するばかりに思えた二人の姿勢を「記憶のケア」の方法へと読み替え、両立を図るという手を思いつく。

 すなわち、死傷者を「計量的発想」でくくることの難点を突いた石原からは、被害を「脱集計化」すること(被害を具体的な個人の苦しみへとほぐすこと)を、自分はヒロシマの当事者でないと見切る石原に「知って下さい」と訴えた栗原からは、現場や当事者性を「脱中心化」すること(当人以外の視点を付加して体験の解釈の幅を広げること)を学び取って、「記憶のケア」の二つの方法へと鍛え上げようしたのである。

 そうした成果の一端を披露したのが、「白熱教室JAPAN」というテレビ番組でだった。米ハーバード大のマイケル・サンデル教授が「正義」を講じて大反響を呼んだシリーズにあやかり、NHKが2010年11月から仕掛けた「日本版」。当時、広島放送局のアナウンサーだった伊東敏恵さんが、ジョン・ロールズの「正義論」(紀伊国屋書店)を共訳した私が広島出身であるのに気づいて、地元での公開授業を持ちかけてくださったのだ。

 東日本大震災を挟んで練り直したテーマ「ヒロシマからフクシマへ届けられるもの」に従い、広島大で収録した講義が、11年7月24日と31日の2回に分けてEテレで放送された。その後半で石原と栗原の応酬を取り上げ、「脱集計化」と「脱中心化」の教訓をくみ取ろう、と示唆しておいた。(国際基督教大教授=東京都)

(2016年11月23日朝刊掲載)

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