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連載・特集

緑地帯 記憶のケア 川本隆史 <6>

 広島大での公開講義から1年半ほどして、中国新聞文化センターの連続講座の依頼が舞い込み、せっかくの機会だからと引き受けた。講座の触れ込み文から引用するとしよう。

 「広島に生まれ育った私は、幸福の分かち合い(正義)と個々の苦しみの緩和(ケア)とを兼備する社会のあり方を構想するようになった」「被爆の記憶と表現(文学やマンガ)を吟味しながら、正義とケアを私たちのことばで語り直す道筋を探り当てたい」

 2013年4月から翌年3月にかけ、広島市中区のクレドビル教室で開いた講座全体の題目は「ヒロシマで正義とケアを編み直す」。ビデオ視聴を組み込みつつ、中沢啓治、こうの史代のマンガ、井上ひさしの戯曲、原民喜や大田洋子、井伏鱒二の小説、ジョン・ハーシーや大江健三郎のルポルタージュなどの作品群を講読した。

 6回目の講座では石原吉郎と栗原貞子を取り上げ、「記憶のケア」へと論じつなげている。被爆死した父親が娘の「恋の応援団長」として出現する、井上ひさしの「父と暮せば」も死別の記憶をケアする物語だと読めたし、こうの史代の「この世界の片隅に」では、数量化された戦災を個々の暮らしの細部へと「脱集計化」するとともに、舞台を広島から呉に切り替えるという「脱中心化」の技法が駆使されていた。

 私の郷里、己斐(西区)で被爆された杉﨑友昭さんや、高校の同級の上田正明君をはじめとする熱心な受講者に恵まれたおかげで、毎回の準備も東京との往復も苦にならなかった。(国際基督教大教授=東京都)

(2016年11月24日朝刊掲載)

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